Unhistory Channel 152 - パラドゲー記録

Paradox Interactive, Crusaderkings2, AAR

名称未設定
600年のあいだに様々な家が勃興し、あるいは歴史の波の谷間に消えていった。ここではゲーム終了時点で大きな領土を勝ち取った、勝者というべき諸家について見てゆきたい。
 
バラシュク家
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その起源は知られていないが(ペルシアの出か?)、ヒスパニアとモロッコを拠点に13世紀ごろから勃興した。数度にわたる大ジハードを敢行して南フランスを手中におさめ、その後の十字軍の猛攻を耐え切った。

最終的にはチュニジア、シチリア、リビアを支配下に入れ、Badshah(大王)を名乗るにふさわしい大国を作り上げた。

グィデスキ家(ヴィドー家)
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上図を見ればわかるように、バラシュク朝とがっぷり4つに組んで争ったイタリア王家。スポレト公だったグィデスキ家がいつ王位についたかは定かでないが、イタリアは早期に安定した王国を形成し、地中海十字軍の正面として活躍した。
 
ティムール家
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いわずと知れたティムール家。
中央アジアに定着するかと思いきや、ペルシアを打通しシリア、アラビアを手中におさめて大帝国を築く。ギリシア人君侯たちを滅ぼしてロマニアを制するのも時間の問題だろう。この時間線の近世ではティムール朝がビザンツの後継国家となるのかもしれない。
 
バト=エルデネ家
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マップの端から出現し、一時はビザンツを併呑し北アフリカまで制覇したモンゴル帝国も、いまやアラル海とカスピ海の間の1遊牧政権と化してしまった。テムジンの血筋は途絶えたが、このバト=エルデネ家もまたモンゴルの名門である。

飛び地として帝都コンスタンティノープルを保持し、このカガン・アチグはビザンツ帝冠と”Born in the Purple”を持っている。モンゴル人たちはティムール朝から帝都を守れるだろうか。

メリャヴ家

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おそらくはフィン=ウゴル系の族長家だったが、フィンランド、白海へと拡張してきたデンマーク王家を乗っ取る形で王座につく。(どうやって乗っ取ったのか……)

デンマーク化したものの、ときおりスオミ王国になったりして文化面での不安定さをかいま見せている。マジャル人のルーシ大公とは北ルーシを取り合う中であり、ビャルトラ家も数度干戈を交えている。

チャナード家
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もとはマジャルの1族長で、ビャルトラ家と幾度となく大平原で戦った仲。

ハンガリー平原の公を足がかりに、いつしか大モラヴィアの王家に滑り込み、大モラヴィアとリトアニアが合邦してできたヴェンド帝国の皇帝になった。このプレイでの出世頭かもしれない。

ルーシ大公国とは長大な国境線を巡って絶え間ない緊張関係にあった。ビャルトラ家が創立に骨を折ったリトアニア王国を併呑された恨みもある。

パルフィ家
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マジャル人のルーシ大公。
ルーシ大公国は選挙王政なのであまり家には意味がないかもしれない。

ルーシ大公国はかつてノルド人が建てた国だったが、マジャル人の襲来にともなって長らくカガンの支配下にあった。独立したのちもマジャル人が大公をつとめ(ときおりスラブ人大公も出たが)、ビャルトラ家の助けを借りて大平原に覇を唱えた。

ペシュト朝(ピンク)が目障りに見えるかも知れないが、同じマジャル人の兄弟国なのでこの2国間に戦争はあまりなく、同盟を組むことが多かった。

ビャルトラ家
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 9世紀のビャルトラ家の遠征
 アゼルバイジャンを足がかりにペルシアへ侵攻し、
 インド洋へ打通するという計画もあった

ビャルトラ家はスカンディナヴィアのオンゲルマンランドの出。9世紀には遠くカスピ海、イタリア、アレキサンドリアにまで略奪遠征に出かけた。

黒海沿岸タンタルキャ(トムタラカニ)に拠点を置いてからは定住が進んだ。ドニエプル=ダウガヴァ水路の北辺にあたるリフランド(ラトビア)に第2の拠点を築き領土を広げたが、11世紀初頭、ビザンツ帝国に本拠地タンタルキャを奪われ北遷。

以後、マジャル人のカガンや大公に仕え、数え切れぬほどの大平原への遠征を行なった。ルーシ大公国が強大化できたのはビャルトラの剣によるところが大きい。

マジャル人の支配を離れて独立王国を築くという野望もないではなかったが、状況がそれを許さなかった。モンゴルの侵攻を退け、『無謀のビョルン』がルーシ大公に推戴された14世紀をひとつの頂点と見ることができるかもしれない。

15世紀にはかつて失ったタンタルキャなど黒海沿岸領土を取り戻し、引き続きマジャル人のルーシ大公に忠誠を誓い続けてGC終了を迎えた。
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緑色は最終的なビャルトラ家の領地。
600年かけてこれだけの土地しか得られなかったのか……?
もっとうまくやれたはずだ。
 
しかし、よく断絶せずに生き延びたという見方もあるかもしれない。

1453年の世界 
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ビャルトラ家のサガはこれにて終わりとなります。 
長らくの応援と、読んでいただいてありがとうございました。
 

<前回までのあらすじ>
ケティル自身が公になるために画策した年長者相続だったが、これがいけなかった。どこの馬の骨とも知れぬ親族が遠くからやってきてビャルトラの家督を継ぐことになる。ケティルは相続法を再改正しようとしたが、その前に身内に殺されてしまった。 
 
はかなきドモトル
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山の向こうのテメシュからきた新しい当主はマジャル人だった。

タンタルキャの人々は最初はとまどったが、すぐに慣れた。彼らの仕えるルーシ大公たちもまたマジャルだったので、ノルド語とマジャル語の両方を話せる者が多かったからである。
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 タンタルキャ公ドモトル
 年長者相続で呼ばれた元テメシュ伯

マジャル人ドモトルは酒を好み、しきりに宴をひらいて臣下をねぎらった。ただ、残念なことに彼はあまり体が強くなく、その治世は短かった。

ドモトルは敵も作らず、よく領国を治めたといわれている。それには運も味方した。
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先代ケティルが気をつけるようにと言い残していた『暗き影のハルステン』は33歳で若死にしていた。それでドモトルは反乱や暗殺におびえることなく、悠々とタンタルキャを統治することができた。
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一方、ゼムガレの忠臣キャルタンは64歳で死んだ。
4代にわたってビャルトラ家を支えた名宰相の死を誰もが惜しんだ。
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キャルタンの息子アルングリムはなかなかの武人のようだが……。
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『暗き影のハルステン』の息子、フィリップが従士長に向いていたのでアルングリムには家令に回ってもらった。フィリップは父親とは違い、ビャルトラの当主に対しては終生忠実だった。

すべてうまくいっているように見えたが、すでにこのときドモトルの体には病魔が潜んでいた。
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発端は1418年のルーシ大公主催の馬上槍試合だ。
このときドモトルはカレヴァン伯ビョルンに誘惑され、男と男の間の強い愛情に目覚めた。
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 ビョルンはヴァリャーグ傭兵の経験もある優れた武人だが
 警戒すべきtraitを持っている
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ビョルンとドモトルはわずかな機会を見つけては逢引し、共に踊った。二人の間の愛は強く、ひそやかに育った。
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しかしドモトルの体に不調があらわれた。彼の体の節々は腫れ、皮膚には薔薇のような斑点が出た。やがてドモトルは床に臥し、起き上がれないようになった。『恋人たちの病』だ。
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1424年、ドモトルは死んだ。
カレヴァン伯ビョルンはその墓を訪れ、黙して花を捧げたという。
 
家督は巡る
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ドモトルが死んだので、先々代ケティルの息子マグヌスに家督が回ってきた。これも年長者相続の結果だ。

年長者相続はビャルトラ家の者でありさえすれば当主になれる可能性があるので、一族の間でも支持する者が多かった。
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 タンタルキャ公、公正のマグヌス

マグヌスは勇敢で公正を好んだが、戦場や宮廷にはあまり向かない性格だった。彼は領地経営に活躍の場所を見出した。マグヌスの治世のもと、タンタルキャは栄えた。
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 交易者として名を高める
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 ルーシ大公ジョルト2世に領地をねだるも言いくるめられる
 宮廷は苦手だ……
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臣下の不祥事もあった。
従士長、コロムナのフィリップが兵を使って領民から金をゆすりとっていたのだ。公正を愛するマグヌスは激怒し、フィリップを厳しくとがめた。
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年長者相続でいくと次の代はフィリップになるのだが、マグヌスはこの事件を見て「フィリップは公の器ではない」と感じるようになった。
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1434年、マグヌスは年長者相続から選挙法相続への法改正を行なった。これにより、次男のバリドを後継者とさだめた。コロムナのフィリップは思うところがあったようだが、先の事件があったので何も言わなかった。
 
ルネサンスの香りとともに
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黒海に面したタンタルキャにはジェノヴァやヴェネツィアの船が入ってくる。これらの船はイタリアで花咲くルネサンスの香りを運んできた。
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 詩人として名を高めたり……
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 庭園を造ってみたり……
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 冠、笏、剣のレガリアを集めてみたり……

マグヌスは商人たちを暖かく迎え、かの地の流行をそのままこの黒海の片隅に移植した。そうしてこのルネサンスの移り香は、平原を越え、森を越えて、ルーシの各地へと広がっていったのである。

イタリア商人たちは言う。
「この広いルーシを旅していると、ときどきあなた方の同胞に出会う。かれらはみな遠い北の地から来たのか」
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マグヌスはうなずいてこう答える。
「その通りだ。ノルドの民はみな、あの暗く冷たい北の地からやってきた。ルーシはマジャル人のものだが、飛び飛びにノルド人の入植地が存在する。これらの飛び地はビャルトラ家の歴史そのものなのだ」と。
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さて、次男のバリドが成人した。
戦には少しうといようだが、まずまずの仕上がりだ。タンタルキャ公領をまかせるには十分といっていいだろう。

彼には第二の本拠地、ペレヤスラヴリを与えよう。
息子よ、よき統治を行うのだぞ。

マグヌス自身は大公の家令を命じられた。
広いルーシのすみずみを見て回る仕事は老骨にこたえるが、任せられた仕事はやりとげよう。
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 たゆまぬ学習の結果、マジャル語、ギリシャ語を話せるようになる
 
一時代の終わり 
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タンタルキャの城のすぐそばに原っぱがあって、よくマグヌスは廷臣の子供たちを連れて遊びにきた。古い塔の足元に石碑がいくつか並んでいて、もう彩色もかすれて読めない。それに彼の知る文字ではなかった。
名称未設定
「マグヌス様、これはなに?」
子供たちが口々に聞いてくるが、彼には答えられない。
「昔の人がつくったものだよ。その人たちはなにかの思いをこめてこの石碑を立てたのだ。でも、彼らの思いはもう私たちにはわからない」
「ふうん」
子供たちは興味を失い、「遊ぼう!」と言って向こうへいってしまった。

残されたマグヌスは石碑に手をかけ、死せる人々に思いを馳せた。もしかすると彼の先祖たちがこれを立てたのかもしれない。あるいは先祖たちの敵が。それを知るすべはどこにもない。

「マグヌス様! こっちへきて!」
子供たちがしつこく呼ぶので、マグヌスは石碑から離れ、原っぱのほうへ歩き出した。

黒海からの風が吹きすさび、枯れ草をゆらす。
すでに日は暮れようとしている。
領民の家の煙突からは夕餉の煙が上がっている。
彼の民は満足し、彼もまた満足だった。

主の1453年、1の月。
『ビャルトラのマグヌスは平和にその領国を治めた」と年代記には記されている。
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 これにてビャルトラ家600年のサガを終える
 しかし彼らはこれからもこの世界で生きていくだろう
 (終)


次回、おまけ

 

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