Unhistory Channel 152 - パラドゲー記録

Paradox Interactive, Crusaderkings2, AAR

<前回までのあらすじ>
ウイグルタイ王は最初のオーク侵攻をしのぎきった。しかしさらなるオーク侵攻がリューンを襲いつつある。

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思い出す……余は思い出す。
オークとの戦いにあけくれたわが一生を。
そこに喜びがあり、愛があったとしても、それらはオークの苦痛と恐怖で上塗りされてしまった。
57
余はチャガガン。リューンの王だ。
11438年、余はトクタマノグル家の家督を継いだ。父も祖父もすでに亡かったので、ウイグルタイ王の曽孫にあたる余が選ばれたのだ。

先代ウイグルタイはよき戦士だった。
オークの侵攻をはねのけ、東方人の聖地ダゴルラドを国土に組み入れた。先代は余を自分と同じような戦士に育てたかったらしいが、そのようにはならなかった。

余も人並みに戦うことはできたが、それよりも神々や英雄について学ぶことが好きだった。特に興味があったのがアルダの創世神話で、古老を招いて話を聞き、いにしえの神々の偉業に思いをはせた。

だが王位についてからはそんな暇はなくなってしまった。
リューンの版図は広大で、評定や裁定の数はかぎりなく、民の嘆願を日に100、200と聴くのが余の仕事だった。

さて、余は先代ウイグルタイがそうしたように、ブルフ=エルマナリキスの都を大いなるものとした。その人口は増えつづけ、富は蓄積され、町はいやさかえた。
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 首都ブルフ=エルマナリキスを重点開発
 城2つで兵3800を徴兵可能に
01
 未開発のブルフ=ドルイニオンと比較してほしい
 こちらも城2つだが兵は670にすぎない

このように内政だけをしていれば心安らかだったのだが……。王として、余はしばしば兵を率いて出御せねばならなかった。リューンの国境はつねにおびやかされていたからだ。
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 チャガガンの治世はオークによる侵攻の連続だった
 侵攻の数は9回を数えた

まず、ザグルーク=ハイ部族のオーク、ウグールがダゴルラドに侵攻してきた。余は兵10000をひきいてダゴルラドへ向かい、これと対峙した。
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当初リューン軍は優勢だったが、しだいに敵の援軍が増えていった。そこで余は数度の合戦に勝利したのち、ウグールと和議を結んだ。

オークを追撃せず和議を結んだことで、余の評判は地に落ちてしまった。しかし余の狙いは兵力の温存にあった。兵10000のうち4000は補充のきかない精兵だ。これを失うことだけはなんとしても避けたかった。
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数年後、バラド=リスイ部族の半オーク、ウグムズの侵攻があった。オークの軍勢に限りはなく、次から次へとやってくる。まともに相手をすればこちらが疲弊するだけだ。しかし、どうすればいい?
名称未設定
 カヴラキギオンのクドゥ
 別名『オークの災い』
 密偵長としてチャガガンの治世を支えた

「わたくしに策があります」
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 爆殺

余はウグムズの暗殺を命じ、それは成功した。
オークは仲間割れしやすく、身内の暗殺に手を貸す者が多い。首領が死ぬと、軍勢はちりぢりとなって解散した。これはいける。余はほくそえんだ。
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11452年、王弟バトゥとローハン王家のベオルトラフ姫の婚姻があった。これにより、リューンとローハンのあいだに同盟が成立した。
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ローハンは北方人の国で、われわれ東方人とはあまり仲がよくなかったのだが、たび重なるオークの侵攻を前にして同じ人間同士力をあわせることになったのだ。
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ローハン王セオデン3世はこの同盟を喜んだ。
「われわれは今ガーシュガースのオーク首領ルグバグと激しい戦いをくりひろげている。リューンの助けがぜひとも欲しい」
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 12500の大兵力を擁するルグバグ

セオデン3世の頼みを聞き入れ、余は西へ出御した。しかし余はオークたちと刃を交えて戦うつもりはなかった。なぜなら……。
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 射殺

侵攻の首謀者を暗殺すればすむ話だからだ!
こうしてローハンはオーク侵攻を防ぎきり、自由の民の国として生きながらえることができたのである。
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11454年、余の息子アンバガイが成人した。
よき戦士として育ってほしかったが……。
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がっかりしなかったといえば嘘になる。
しかし人のことは言えまい。アンバガイがトクタマノグル家の勇敢さを受け継いでいるのはよかったと思う。
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このころ余は『有能王』と呼ばれるようになった。
数々のオーク侵攻を退けた手腕が評価されたのだろう。
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 11465年、東方

しかし11463年、余ははじめてオーク勢力に敗北を喫し、ダゴルラドの全地を失った。しだいにオーク侵攻が苛烈になり、リューンの同盟国ジャンゴヴァルも北方の大国グンダバドからの侵攻を受けるようになった。
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 11465年、北方
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グンダバドのシャグフ2世の軍勢は地のイナゴのごとく多かった。おそらく24000を超える、中つ国では最大の兵力。シャグフ2世はその軍勢を駆ってさかんに南進を試みた。
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シャグフ2世に対抗できる者はゴンドールのエレスサール王しかいなかった。しかしエレスサールは齢191に達し、その戦意は低く、辺境の国々の要請に答えて彼が動くことはなかった。
07
こうなっては各国は自分の足で立つほかない。
余はローハンのセオデン3世とさらなる同盟を締結し、グンダバドの南進に備えた。

終わりのないオーク冒険者の侵攻と、モルドール残党および北方のオーク王国の脅威。余は彼らとの戦争に疲れ始めていた。
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「戦いに倦まれたのであれば、王の資格はもはやない。わたしに王位を譲るべきでは?」
頭の痛いことに、王子アンバガイがリューン王位を欲し始めた。彼は待つということができないのだろうか? なんにせよ、わざわざオークの血を求めるまでもない。戦はむこうからやってくるのだから。
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東方人の王国、バルホス、フンドラル、ジャンゴヴァルは崩壊した。ダゴルラドとグンダバドの挟撃にさらされたのだ。人々は虐殺され、美しい都市はことごとく焼かれた。もはや東方は地獄だった。
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 ダゴルラドの領主、ガズモグ=ハイ部族のヤグムズ
 バルホス・フンドラル両王国を迅速に併呑

このとき余は軍勢を派遣しなかった。見ていることしかできなかったのだ。グンダバドのシャグフも、ダゴルラドのヤグムズも、あまたのオーク同盟者を抱えていた。リューンの10000足らずの軍勢にできることはなにもなかった。

しかし、今になって思う。
もっと余にできることがあったのではないか? あまたのオーク侵攻にさらされ続けた結果、余はおびえきっていたのではないか? 東方人戦士としての矜持を失っていたのではないか?
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 ホビット、ロヒアリム、ジャンゴヴァルなど
 さまざまな民がリューン宮廷に

虐殺を逃げ延びた者はリューンにたどりついた。
彼らはしばらくはここで暮らしていたが、そのあいだにも複数のオーク侵攻があった。リューンもまた安住の地ではないことを知った彼らはさらに東方へ旅立っていった。余はそれを黙って見ていることしかできなかった。
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思い出す……余は思い出す。
オークとの戦いにあけくれたわが一生を。
そこに喜びがあり、愛があったとしても、それらはオークの苦痛と恐怖で上塗りされてしまった。

先代が切り取ったダゴルラド以外に失った領土はなく、リューンはいまだ強勢を保っている。しかし次の代にはどうなっていることか……。誰もそれに答えることはできないだろう。

余は精一杯生きた。
女神ヤヴァンナよ、照覧あれ。
そしてリューンに御慈悲を。
御慈悲を。
08
 11488年、リューン王チャガガン死す
 
53
 同年、中つ国主要部
 ゴンドールがハラドワイスへ逆侵攻を果たしている
09
 同年、種族マップ
 北方のオーク勢力(Orkish)が中つ国を覆おうとしている 
 リューン王国としては生き延びたが、
 おそらく次代でグンダバドに併合されることだろう

時代を経るにつれオーク侵攻者の質・量が増大してくるので、事前にMODのMEP_orcinvasion.txtに記述されているオーク侵攻者イベントの頻度を下げる、あるいはオフにする必要があったかもしれない。悔しいが今回は投了である。 

『リューンの赤旗のもとに』はこれにて終わりとなります。 
読んでいただいてありがとうございました。 

[リューンの赤旗のもとに]
<前回までのあらすじ>
北のオーク王国グンダバドが、友邦である谷間の国へ侵攻した。ウイグルタイの援軍は間に合うのか?
 
援軍
14
 リューンは友邦ジャンゴヴァルとともに
 谷間の国救援の軍を出した

ケルドゥイン川の水は冷たく、北の朝日は鈍い。
リューン軍3000は白く逆巻くケルドゥインを渡り、トゥン・ヴィドゥガヴィアの地へと歩を進めた。

どこまでも続く針葉樹の森。
もう三月になろうというのに、いまだに深く雪が積もったままだ。見通しはきかず、雪に吸われて物音も聞こえない。リューン王ウイグルタイは敵襲に備え、ドルイニオンの北方人騎兵を斥候として先行させることにした。

今回の遠征にリューン軍のすべてが参加したわけではない。兵4000をブルフ=エルマナリキスに後詰として残してきてある。グンダバドが谷間の国を打通してきたときに備えたものだが、その判断が正しかったものか、ウイグルタイは確信が持てないでいた。

隊列が乱れた。
「なにごとか?」
ウイグルタイが呼ばわると、一人の戦士が答えた。
「物音がしました。木々から鳥たちが飛び立ったようですが」
「リューンの戦士たるものがそのようなことで怯えてどうする。慣れぬ土地でも毅然としてあれ」
しかしウイグルタイがそう言い終わらないうちに、その戦士の喉に黒い矢が突き立ち、赤い血がどくどくと吹き出した。
「敵襲!」
「敵襲だ!」
無数の黒いオークの矢がふりかかってくる。
ウイグルタイは盾をかまえながら、必死で馬をなだめ、軍勢に指示を出した。
「戦列を維持せよ! 突撃くるぞ!」
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 11417年3月2日
 トゥン・ヴィドゥガヴィアの会戦

甲冑を身にまとったオークたちが林縁に現れ、吠えながら突撃してきた。リューンの戦士たちは盾と盾を重ね合わせ、衝撃を受け止める。ウイグルタイも前線に立ち、その膂力をいかして幾人ものオークを薙ぎ切った。

しかし敵の圧力は強く、リューン軍はじりじりと後退しはじめた。
「あまりに敵の数が多すぎる。それに北のオークたちがこれほど強いとは……」
もはや戦列を維持できないと知り、ウイグルタイは撤退を命じた。しかし敵の追撃は執拗で、リューン軍はケルドゥインを渡るまでに多くの兵を失ったのである。
名称未設定
実は、この時点でグンダバドは谷間の国のほぼすべてを制圧していた。ヴェ=ハムール家の者はほとんど殺され、その遺民もオークの奴隷にされていた。遠征は最初から失敗に終わる運命だったのだ。リューンの戦士たちの死は無駄だった。
01
ウイグルタイはこの敗戦を生涯忘れることはなかった。喜ばしいときも、宴のときも、供の者に「トゥン・ヴィドゥガヴィア」とささやかせ、戒めとしたという。
21
 その後、グンダバドの勢いを止めるため、ドルイニオン産葡萄酒に毒を混ぜてオーク王シャグフを暗殺するなど、いろいろ暗躍した

身内のいざこざ
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 ゴンドールから分離されたアルノールはほぼ消滅し、
 北のオーク3王国は向かうところ敵なしだ
 アルノール分離は失敗だった

北から帰ってきたウイグルタイはこれまでの認識を改めた。リューンにとっての本当の脅威はゴンドールではなく、北のオーク諸王国なのではないか?

いつケルドゥインの流れにそってオークが南下してくるかわからない。ウイグルタイはブルフ=エルマナリキスの都に多くの兵舎を建てて、リューン兵を訓練させた。
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 首都州に集中投資し、1900の兵を抱えるまでになった
 他の州はよくて動員500
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ある日、孫のハムールがウイグルタイを訪ねてきた。
「お祖父様、あなたの弟である軍団長タガイについて、ぞっとするような噂があります」
ウイグルタイはむっとしたが、こう言った。
「なんだ、言ってみよ」
「タガイは山羊と交わるなど淫らな——」
ウイグルタイは孫をさえぎった。
「みなまで言うな! どうせ妃のマリナの差し金であろう。あまり馬鹿なことを信じ込んでいると、おまえの後継者としての資質を疑うことになるぞ!」

ウイグルタイはハムールを叱り、今後一切この話題を出すべからずと命じた。王妃マリナと王弟タガイの争いは根が深いようだ……。
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 11420年、ダゴルラド平原の征服を進める
47
リューン王家にもうひとつの問題が持ち上がった。
ウイグルタイの4番目の弟ボルハダルがブルフ=エルマナリキスを出奔し、他国で軍勢を募っているというのだ。聞くところによれば、その兵力7200。

ウイグルタイは弟と戦う気はなかったが、向こうから攻めてくるのではどうしようもない。
33
 11427年8月31日
 ウルドナヴァンの合戦

両軍はウルドナヴァンの平原で相対し、ウイグルタイの軍が勝利した。
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ボルハダルはブルフ=エルマナリキスの城の基底部にある獄につながれ、その後誰も彼の消息を知る者はいない。
59
11431年春、驚きの知らせが舞い込んできた。
エフワトルマヴルド族長のタルグタイが、ウイグルタイを出し抜いてダゴルラド全土を占領してしまったのだ。

聖戦をしかけると周辺諸国のオークたちが参戦してくるので、ウルグタイはしかたなく1州ずつ取っていたのだが、タルグタイはいったいどうやったのか。

「やってくれたな」
悔しがってももう遅い。
リューン王国内でタルグタイの領地は1/4を占め、その地位はゆるがぬものとなった。
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 ウイグルタイはタルグタイから西方語を教わるなど、けっして仲は悪くないのだが……

ほかにこんなこともあった。
谷間の国を追われ、リューン湖畔のガトド領に戻ってきたヴェ=ハムール家だが、その当主テムルが幼少であるのをよいことに、ウイグルタイはガトドを攻めることにしたのである。
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 リューン領の中央に存在するガトド領は目ざわりだった
 弟のタガイがガトドに対する継承権を持っている
33
ガトドの征服は順調に進んだ。
しかしそこにジャンゴヴァルの援軍が現れた。

ジャンゴヴァルはリューンの友邦であったが、このたびの戦いではガトドの側に立つことを選んだのだ。

「愚かなことをしてしまった。東国人同士の戦いをする気はない……」
ウイグルタイはあやまちに気づき、ガトドと和平した。ジャンゴヴァルの軍は北に引き上げていった。
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 このいくさの間にヴェ=ハムール家のテムルは成人
 タガイの継承権は失効してしまった

オークの侵攻
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11432年、ブルフ=エルマナリキスにある噂が伝わってきた。オークの侵攻が近いというのだ。
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ミナスモルグルから出奔したフィンブル=ハイ部族のオーク首領、残虐のボルグがこの侵攻を計画しているようだ。
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 ヘンネス=アンヌーンのゴルガズ

オークの侵攻は各地で起きている。
ゴンドールもまた侵攻によってイシリエンの要地ヘンネス=アンヌーンを失っていた。当地には11000ものオークが攻めてきたという。

リューンの地はサウロンに守られていた。
サウロンの保護のもと、この湖のほとりで東国人は豊かな国を築いてきたのだ。そのサウロンなき今、オークたちがリューンを狙ってきたのは不思議なことではない。
56
11434年9月、ついにボルグの軍勢が国境を越えた。
その数7100。対するリューンの総兵力は11000だ。オーク軍は精強なので、この数なら五分五分といったところだ。なんにせよ、戦うほかはない。ウイグルタイは兵たちに戦場への前進を命じた。

両軍はダゴルラドの古戦場で対峙した。
鳥ひとつ飛ばぬ荒れた沼地に、リューンの赤旗が幾百と翻る。中核の重歩兵3100はとりわけ士気が高く、ウイグルタイが外套を脱ぎ捨てると喚声が上がった。
 
「リューン! リューン! リューン!
われらの王に勝利を!」
24
開戦まもなく、両軍は無数の矢を放った。
忌まわしいオークの矢が天を黒く染める。ウイグルタイはトゥン・ヴィドゥガヴィアの敗北を思い出し、思わず身震いした。

右翼ではボルグの本隊と接敵したが、弓矢の応酬がまだ続いている。左翼では敵は強固な戦列を形成し踏みとどまったものの、じりじりとリューン軍が押していく。

敵の中央が崩壊した。これをリューン軽騎兵が追撃する。しばらくして敵の混乱は全軍に及び、戦列全体が崩壊した。リューン軍が勝ったのだ。
09
 勝利

オークに対する、リューン人の最初の勝利である。
戦勝の知らせはまたたくまに本国へ伝わり、人々はみな胸をなでおろした。故国は守られ、オークの奴隷にされる心配はなくなったのだ。
48
この戦勝からしばらくして、ウイグルタイは病を得て亡くなった。

武勇にすぐれ、義にあつく、ダゴルラドを版図に組み入れた。よき王であったといえるだろう。
23
後継者の孫ハムールはすでに病死していたため、リューン王位はひ孫のチャガガンが継承することになった。
新王の治世に栄えあれ!


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