アンリカ市長カータン・レステにFCアンリカのホーム試合に招かれた。
FCアンリカは決勝トーナメントを勝ち上がっていて、この試合にすべてがかかっている。メルコパ杯は目の前だ。試合相手はリジア王国のレアル・モンタクラル。
アンリカ市内に入ると町中にターキン・ソルのポスターが貼られていた。看板にもソルの姿がある。まるで選挙戦に挑むのが私ではなく、ソルであるかのように。そういえば彼はこの町の出身だった。
そしてスタジアムに入ると、FCアンリカのサポーターがターキン・ソルの巨大な写真をかかげているのが見えた。彼らはソルのために作られたチャントを歌い、旗を振った。
VIPルームにはターキン・ソルとイーウォルド・アルフォンソがいた。要するにターキン・ソルが主賓で、私とアルフォンソは添え物というわけだ。2人は口論していて、私は沈黙していた。
「アントン、君は任期中も静かだったな」
アルフォンソが言った。
どういう意味かはわかっている。私にめざましい実績がなかったことをこう表現しているのだ。ソルのように党と憲法を立ち上げたわけでもなく、アルフォンソのように大々的に経済を破壊したわけでもない。
私は答えた。
「そう見えるならうれしいですね」と。そこに含まれた皮肉にアルフォンソは気づいただろうか。
ソルとアルフォンソは口論に戻った。
硬直したソリズムと、国を切り売りする新自由主義。彼らの議論にいまさら興味はなかった。
国民戦線の垂れ幕をもったFCアンリカのサポーターがいるのに気づいた。USPの牙城だったアンリカでは珍しい光景だ。ソルがそれを指して言った。
「あれもレイン君のせいだな」
知るか。
試合は0-1でハーフタイムを迎え、後半に戦意を失ったFCアンリカは0-2で負けた。メルコパ杯は夢と消えた。残念だった。ここへ来たことを少し後悔した。わざわざ見にこなくても、敗北なら間に合っている。
各国首脳、諸国連盟ANの総会に集結(ジオポリティコ紙)
キュルテでのAN総会に出席しなくてはいけない。
行きたくなかったが、行くしかない。
私の脳裏を支配していたのは、やはりあのことだった。ランバーグ機の撃墜事件。その後に確認をして、国防相も将軍も撃墜したのはソードランド領空内だと請け合ってくれた。しかし国境があまりにも近い。なにか間違いがあったのではないか?
私はキュルテのテレビインタビューで「はい。ランバーグは嘘をついています」と言った。あんなことを言わなければよかった。もっと話をそらすことができたはずだ。あの一言のせいで、のちのち大変なことになるかもしれないのに。
ランバーグからはベアトリス女王が総会に出席してくるだろう。彼女がソードランドに対する国際的調査を要求し、その結果、私の発言と異なる事実が明るみに出たら?
ソードランドはおしまいだ。アルカシアからは見放され、ランバーグは侵攻してくるだろう。
だが私には隠し玉がある。外相のデイヴィド・ウィシと何度も練り直した秘策が。
キュルテ:アンタセアン海の諸島国。古来より貿易で栄える。17世紀にヴァルグス帝国の支配下となるが、革命期に独立を果たす。中立政策を重んじ、ANの本部がある。
飛行機の旅は快適だった。
私は眠りに落ち、そしてまたあの夢を見た。
首都上空にキノコ雲が湧きあがる
「大統領閣下。大統領閣下。大丈夫ですか?」
制服を着たクルーが話しかけていた。
私は汗だくになって目覚めた。
「ああ、大丈夫だ。悪い夢を見た」
見ると、となりに座るウィシはすやすやと寝ている。私は拳を握りしめた。私の再選など小さなことだ。私は守らなくてはいけない。祖国を。人々を。そして家族を。
そのために戦う準備はできている。
諸国連盟(AN):革命期の激動のなかで構想され、構築された国際組織。世界中の国家が協力し、秩序を保ち、平和的な交流を行うために創設された。特別多数の支持のもと決議を行うことができる。
ANの総会が始まった。
「世界中の権力者たちがこの屋根の下に集まっているわけですね」とウィシは言った。
「そうだな。たったひとつの誤った発言が世界を地獄に導くかもしれない」
「言葉はあなたの武器です、大統領閣下」
「そう願おう」
強欲のアルバレス
最初に発言したのはレスピアのパトリシオ・アルバレス首相だった。
彼が共産主義の脅威について話すとざわめきが起こった。マルキア海でのヴァルグスランドのプレゼンス強化について非難すると、ざわめきはさらに大きくなった。
「しかし、私がもっとも強調したいのはウェーレン問題であります」
アルバレスはウェーレンをならず者国家だと非難した。条約を侵害し、ブルド人を虐殺していること。難民がレスピアに押し寄せ、ウェーレン内にあるレスピアの資産が差し押さえられたこと。東メルコパの周辺諸国が団結してウェーレン問題に対処しなくてはならないこと。
アルバレスの演説はメルコパ諸国の代表たちから熱狂的な拍手を受けた。私も拍手した。
虐殺者スモラク
次はウェーレンのウィクトル・スモラク大統領。
「レスピア代表にはっきり言っておく。ブルド人の虐殺とあなたが呼んでいるものは存在しない。あるのはブルド自由戦線BFFに対する戦いだ」
スモラクは感情豊かに話した。
内戦でぼろぼろになった国ウェーレン。なのにATOとレスピア、ランバーグはBFFを支援し、介入を続けている。
「レスピアの求めるものはなにか? それはウェーレンの石油だ。レスピアの介入に対して、ANは調査を行うべきだ!」
議場は叫び声に包まれた。スモラクは正しいことを言っているように思われた。だが、いまや私はレスピアと同じ陣営にいる。だから拍手はしなかった。
同盟者ヴァン・ホールテン
続いて我が同盟国アグノリアのマーティン・ヴァン・ホールテンが発言した。彼はコンタナ連邦とヴァルグスランドの社会主義者たちがアグノリアを狙っていると言い、係争地のヘリランド島は我が領土だと明言した。拍手。
怒りの人ヘーゲル
ヴァルグスランドのエメリッヒ・ヘーゲル書記長はこれに激しく反駁した。ヘリランド島は不可分のヴァルグスランド領であると。ヘーゲルは植民地主義とアルカシア帝国主義を断罪し、演説を終えた。コンタナ連邦、シナ大陸、リカ大陸諸国からの熱烈な拍手。
「いよいよです」とウィシが言った。
今からランバーグのベアトリス女王が発言する。
ベアトリス・リヴィングストン
ランバーグ王国女王
ランバーグ王国女王
「みなさんもご存じのことでしょう。我が隣国、ソードランドの軍用機がランバーグ領空をしばしば侵犯していることを」
なんだと?
こいつはなにを当然の前提のように言っているんだ。
「この領空侵犯は今でも続いています。しばらく前、ランバーグ機がわが領空内で撃墜されました。これは明らかに戦争行為にあたります」
彼女の言葉はすべてさかさまだ。まるで鏡の国の女王のように。
「ランバーグは平和を希求します。しかしソードランドは違う。AN総会に集った諸国のみなさん、ソードランドは国際平和に対する脅威です。彼らは我が国の反逆者をかくまい、その大統領は我が国のスパイを捕まえたと喧伝しています。その『スパイ』が彼自身の秘書であったにもかかわらずです。こんな嘘を誰が信じるというのでしょうか?」
彼女は続けた。
「またソードランドは国境を閉ざし、ブルド人難民を見殺しにしました。スモラクと共謀し、その血まみれの手に彼らを渡したのです。
私はここに、ソードランドに対する国際的調査を開始することを提案します。もしANがこの危険な国家を野放しにし続けるなら、ランバーグ王国自身がその手で問題を解決せざるをえないでしょう」
やはりそう言ってきたか。
ソードランドはその国際的調査とやらに耐えられるのだろうか?
「私はATOとソードランドを非難します。彼らは東メルコパにアルカシアの軍隊を引き込んで地域を不安定化させている。
それと最後に申し上げます。ミスター・スモラク。あなたの言う『ウェーレンにランバーグが介入している』という主張はきわめて疑わしい。あなたの中傷は我々には通じない。自由のために戦う準備はできています。ランバーグ王国は不動で、強力です。そのことをよく肝に銘じなさい。以上です」
拍手は少なかった。
女王は理解されるために話しているのではない。威圧するために話したのだということが、よくわかった。ランバーグに味方は必要ない。
ウィシが私を見た。
「あなたの番です、大統領閣下」
「なにかアドバイスをもらえないか」
「アドバイスはありません。打ち合わせ通り、真実をお話しください」
「わかった」
私は指先でマイクをつつき、話し始めた。
「今日ここで述べられたいくつかの問題について、私は言及したいと思います。
まずウェーレン問題について。悲劇的な出来事に心を痛めています。実行された作戦は多くの死をもたらしました。無実の人々の死に哀悼の念を表します」
私は議場を見回した。
みな私の言葉を黙って聞いている。
「次に、ランバーグ王国について話したいと思います。
ソードランドは平和を望みます。仮にランバーグの軍事的圧力にさらされているとしてもです。最初にソードランド軍機を撃墜したのはランバーグです。それもソードランド領空において。我々は領空を防衛したにすぎません。
また、ランバーグはブルド自由戦線BFFに対してその兵器を供給していました。スモラク大統領の言葉はその限りにおいて正しい。ランバーグは危機の輸出国なのです。
さらなる証拠をお聞かせしましょう。ベアトリス女王が『反逆者』と表現した亡命者ミスター・ヘイルストーンは貴重な情報をもたらしました。ランバーグの核開発施設についての情報です。情報の詳細はただいま配布いたします」
議場がどよめいた。
いいぞ。
「私はここにANがその責務を果たすことを要求します。ランバーグの核施設は査察され、破壊されなくてはなりません。ランバーグは平和の敵です。ANがその判断を誤ることのなきよう、私は希望します。迅速な判断が必要です。核か、平和か。あなたがたはどちらを選ばれるのか?
私の発言は以上です。
メルコパに平和を。世界に平和を」
議場のどよめきはまだ続いている。
レスピアのアルバレス首相が立ち上がり、拍手してくれた。ATO諸国がそれに続く。議場の半分が拍手に包まれた。
世界で最も強い男ウォーカー
次はアルカシアのウォーカー大統領の番だ。
彼は簡潔にコンタナ連邦の脅威について話し、共産主義者たちのたくらみをくじくと言った。
ランバーグとソードランドの紛争ではソードランド側に立つと明言。
「ランバーグの核開発については我々も情報を持っている。ベアトリス女王を非難する」と明確に発言した。熱烈な拍手。
静謐のマレーニェフ
続いてコンタナ連邦書記長のレオン・マレーニェフ・チャバタンガクンウァ。彼はアルカシアの脅威について静かに話した。ATO諸国はさかんにヤジを飛ばし、マレーニェフの発言をあざわらった。
そしてマレーニェフはランバーグ王国をATOと同列の脅威として扱った。私は拍手はしなかったが、ブーイングもしなかった。
ANでの演説は終わった。
どっと疲れた。ソードランドに対する軍用機撃墜の調査は行われるのか? そしてランバーグに対する核査察は行われるのか? それはまだわからない。あとは大使たちに任せるほかない。
帰りの飛行機でウィシが私に言った。
「お疲れさまでした」
「ほんとうに疲れたよ。私が話しているときのベアトリス女王の顔を見たか?」
「すごい顔をしていましたね」
「就任以来で一番ヘヴィーな日だった」
「まだまだこれから選挙戦が控えています」
「そうだな」
「大統領閣下、ご自分の任期を振り返ってみて、どうでしたか?」
「やりたいと思ったことの2/3はできていない」
「あなたの改憲案は失敗しましたが、改革への道筋をつけました。それは評価されるべきです」
改憲案の話はしないでくれ。
「キオスクで人々があなたのことを話していました」
「なんと?」
「過激な中道派だと」
私は笑った。
「不思議な表現だな。そうかもしれないな。いや、その通りだ」
「選挙戦、勝つ自信はありますか?」
「絶対に勝つ」
「いいですね。リーダーはそうでないと」
ウィシはなにか言い淀んでいるようだった。
「大統領閣下。この選挙戦が終わったら、私は引退します」
「そんな。あなたがいないと」
「アントン」とウィシは昔のように私の名を呼んだ。
「君に伝えるべきことは伝えた。私は老兵、去るのみだよ」
私はウィシの希望を聞くことにした。
彼は私の先生で、よき指導者で、友だった。ありがとう。
帰国して、自宅で夕食を取った。
娘のデアナは科学フェスティバルで賞をとったらしい。将来が楽しみだ。
「前とね、先生の態度がちがうの」
「へえ。どう違うんだ?」
男女均等教育の成果が出ているのだろうか。
選挙戦の話になった。私が政治家を引退する気はないと言ったらモニカに驚かれた。
「なぜ驚く?」と私は言った。
「だって。あなたは政治向きの人じゃないわ。それは今回のことでよくわかったでしょう」
「そんなことはない。政治向きじゃないのは自覚しているが、まだ私は引退しない」
「負けることを知らない人ね」
モニカはため息をついた。
ランバーグ、核兵器を所持(ジオポリティコ紙)
さんざんすったもんだのあげく、ANの特別委員会がランバーグに対する査察を行った。その結果、核兵器の所持が確認された。そしてランバーグが要求したソードランドに対する調査は却下された。ランバーグには多くの分野での制裁が予定されている。
ATOとCSP、ランバーグに対する共同制裁へ(ジオポリティコ紙)
アルカシアのウォーカー大統領とコンタナ連邦のマレーニェフ書記長が、連名でランバーグへの制裁を発動した。たった3日でランバーグの経済は崩壊した。
そして戦争は起こらなかった。ソードランドはアルカシアとANの保護を得ていた。外交でランバーグを孤立させようという私の戦いは成功したのだ。
思い知ったか、ベアトリス・リヴィングストン。
選挙戦はその最高潮に突入していた。
私はテレビでの党首対談に出席し、野党の党首たちと話した。
私は2期目も教育にフォーカスすると明言した。「教育なくしては国は滅びる」と。
そして今期の実績を話した。
「経済をさらなる景気後退から守り、最低賃金を保障し、医療と教育の民営化を阻止し、男女均等教育を導入し、オリガルヒたちを逮捕し、ベルジアのブルド人問題に一応の解決を見た。そしてなにより、ランバーグからの侵略を防いだのです」
それから団結について、祖国の統合について語った。ずっと私が語ってきたテーマだ。ソードランドを割ってはならない。内戦を起こしてはならない。そして私はそれに成功していた。
支持率は低かったが、人々は私のやってきたことを見てくれている。そう信じた。
ついに選挙当日がやってきた
だが、ああ! 私は落選した。
PFJPのフレンス・リクターが大統領となった。やはり人々は目に見える改革を欲していたのだ。第2党は国民戦線だった。USPは第3党に転落した。大敗だ。
私は議員を続けた。だがUSPの退潮を招いた張本人として、政治力をほとんど失っていた。
私はむしろ、モニカ・レインの夫とみなされるようになっていた。女性の権利運動でモニカは指導的な地位を占めていた。ソードランドは変わりつつあった。
政争に関与して敗れたのち、私は政界を引退した。そしてデイルの近郊に農地を買い、そこで農業を営むことにした。タウルス山脈から吹き下ろす強い風が、背の高いトウモロコシの茂みを揺らす。風や雨、病害と戦う日々は忙しく、別の世界に入ったようだった。
兵役を終えたフランクに「一緒に農業をやってみないか」と誘った。フランクは少し考えたあとでこう言った。「いいよ、やろう。パパは結局は農民だったんだね」と。
妻モニカは週の半分はデイルにいて、あとの半分は首都で政治活動をやった。デアナも首都の学校に進学した。彼女たちが話してくれる首都の噂もはるか遠い場所の話に聞こえた。私はやはりこの土地の人間だったのだ。
兵役を終えたフランクに「一緒に農業をやってみないか」と誘った。フランクは少し考えたあとでこう言った。「いいよ、やろう。パパは結局は農民だったんだね」と。
妻モニカは週の半分はデイルにいて、あとの半分は首都で政治活動をやった。デアナも首都の学校に進学した。彼女たちが話してくれる首都の噂もはるか遠い場所の話に聞こえた。私はやはりこの土地の人間だったのだ。
農閑期には筆を取った。回想録を書き始めたのだ。
私は内戦について書いた。ターキン・ソルとの思い出について書き、ペトル・ヴェクターンについて書き、大臣たちとの会話を書いた。ソードランドがもっとも危機に瀕していたときのことを、すべての苦悩と決定について書いた。起こらなかった戦争について書き、いかにしてそれを回避したかを書いた。
私は内戦について書いた。ターキン・ソルとの思い出について書き、ペトル・ヴェクターンについて書き、大臣たちとの会話を書いた。ソードランドがもっとも危機に瀕していたときのことを、すべての苦悩と決定について書いた。起こらなかった戦争について書き、いかにしてそれを回避したかを書いた。
私は決してよい大統領だったとは言えないだろう。後悔がないといえば嘘になる。だが、ソードランドのためにすべてを捧げた。そこには真実がある。そして数年後、回想録は完成した。その回想録の題名は『デイルの農夫の息子』。
売れ行きにはそれほど期待していなかったが、どういうわけか本は売れた。今になってもまだ売れている。きっと皆、あの激動の時代について思うところがあったのだろう。私はたまたまその時代に大統領を務めていたのにすぎない。人々は自分の生きた時代の証が欲しかったのだ。
ああ、よかったら1冊持って行きたまえ。なにかの話の種にはなるだろう。サインがほしい? では、すぐに書こう。
(終)
ヤングソード団所属の貧しい若者から、引退した中道政治家へ
意識したわけではないが中道を歩んだ
意識したわけではないが中道を歩んだ
おかげで敵は少なかった
終盤は4回やりなおした
失敗も多かったが、祖国を守れただけでもよしとしよう
A Morgna wes core!