1301年の待降節のことである。
マルコというヴェネツィア人がパトラスに寄港した。はるか東方の『キタイ』から帰ってきたという触れ込みだったので、興味を持ったギヨーム・ドートヴィルはマルコを呼んで話を聴いた。

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「その国はバグダードよりも遠いのか」
ギヨーム・ドートヴィルは自分が知っているうちで一番遠い町の名をあげた。

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 ヴェネツィア人マルコ
 
「十倍も、二十倍も遠いですね」 
「その都はコンスタンティノープルのように栄えているか」
「はるかに栄えています! 都には百万の民が暮らし、皇帝の蔵には百万の金塊が収められています。それに、家々の屋根は黄金で葺かれていました」

マルコは熱をこめて東方の繁栄ぶりを語った。

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 ギヨームは自分が理解できる範囲で東方事情を聞き出した
 /
 モンゴル人のハーンはがっしりと東方を押さえている
 アイユーブ朝は内乱を経てケラク朝(シーア派)に交代
 マグレブ諸国(緑字)による対ヴェネツィア聖戦が進行中

「実にヴェネツィア人らしい男だな」
 
客人が退出したあとで、ギヨームは妻エモニーにそう語った。

「あいつは『百万』『百万』と派手なことを言うだけだ。実のある情報はほとんど出さなかった。彼が実際にキタイに行ったかどうかは知らん。だが旅先で見た本当に重要なものは、共和国政府にしか報告しないはずだ」

オートヴィル家は共和国の敵だ。ヴェネツィア人は本当の情報を敵に渡したりしない。結局、ギヨームはうさんくさい話で煙に巻かれただけだった。

テーブルの下で蹴り合う
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当時ヴェネツィアはカリフに聖戦を挑まれていた。
カリフといっても往時の権威はない。シーア派のケラク朝によってカリフはエジプトを追い出され、スンナ派はマグレブ西部の地方宗派と化していた。

しかし、モロッコのアミン朝とチュニスのマスーフィ朝、サハラの向こうからはソンガイ朝がカリフの招集に応じた。

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 ムワッヒド家のカリフ、カマル2世
 スンニー復興をかけてマグレブ諸国軍を招集した 
 
教皇クレメンス4世は対抗十字軍を呼びかけた。
もちろんギヨームは静観した。ヴェネツィアの味方をする気はさらさらなかった。異教徒がヴェネツィアを弱らせてくれれば、あとでオートヴィル家がやりやすくなるというものではないか?

敵の敵は味方だ。ギヨームはマスーフィ朝と連絡をとり、100万ドゥカートに相当する秘密資金援助までやっていた。

汚いやり方ではある。十字軍の敵を応援するというのだから、すなわち全キリスト教徒への裏切りに等しい。しかし父親までの世代と違い、策謀渦巻くビザンツの空気の中で育ったギヨームにためらいはなかった。

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 オートヴィル家、初の破門

向こうもやられて黙っているわけがない。
共和国カラブリア総督ディ=キアラモンテの誓願により、クレメンス4世がギヨームを破門した。もっともらしい理由を述べてはいるが、要は資金援助に対する制裁である。

オートヴィル家はつねに保守的な教皇派だった。そのオートヴィルの家長が破門されるとはよっぽどの事だ! 正教徒家臣はこの事件にまったく動じなかったが、カトリック家臣たちは激しく動揺した。

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しかしローマに駐在するノルマン人枢機卿エランド・ド=クロトンの努力により、数ヶ月で破門は解除された。ヴェネツィア寄りのクレメンス4世を納得させるため、帳簿に載らない多額の金が動いたという。

ギヨームはこの枢機卿エランドをきわめて信頼していた。事件のあと彼は宮廷慈善官に任命され、特別の俸給を受けている。

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 聖庁にて一進一退の外交戦を繰り広げる枢機卿エランド
 この後数度にわたって共和国の破門攻勢を防ぐ

このほかにもお互いの領地の請求権を取り合ったりして、オートヴィル家とヴェネツィア共和国は絶え間ない冷戦状態にあった。同時代のフィレンツェの歴史家ヴィッラーニはこれを『テーブルの下で足を蹴り合う二人の男』と表現している。

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 1306年、ジハードは失敗に終わる
 資金援助の甲斐なくマスーフィ朝は敗北
 ヴェネツィア共和国は西地中海航路の安全を確保した


汝結婚せよ、オートヴィル家
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 フレリーという名を提案されたが、タンクレッドと名付ける
 一族の由緒ある名前である


ギヨームには二人の子があった。
長女アヴェイスと長男タンクレッド。彼らのうちどちらかがアカイア伯領を継ぎ、また母方のテッサロニキ公領を継承するのは先に述べた通りだ。

婚姻政策は先の先を考えないといけない。
次にどこを狙うか。
 
ギヨームは女子が相続人になっている他家の情報を集め、伯領顧問団と共に検討に入った。

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 尚書長、フォッジアのブルーノ

「私はガヴァラス家を勧めます。伯の母君プルケリア・ガヴァライナ様の御実家ですな」
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「ガヴァラス家のキビライオト公領、キプロス公領は帝国内にあり、パトラスからの連絡が容易です。しかしルム領、セルジュク領をはじめとするトルコ人君侯と正面から対峙することになるのは、この案の欠点でしょうな」

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 密偵頭、ヒメリオス主教

「私はプシェミスル家がよいと思う」
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「彼らはボヘミア王国、ヴェローナ公領、アンコナを有する。称号の格、領地の広さは文句なしだろう。それに神聖ローマ帝国を戦争で削るのは困難だが、この案ならそれができる。しかしドイツ諸侯の請求権争いに巻き込まれる危険があることは覚えておいて頂きたい」

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 連隊長、兄オーブレー・ドートヴィル

「ギヨーム、フランドル家はどうだ」
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「ラテン皇帝の縁戚だぞ。彼らのフランドルおよびトゥールーズ公国は、分裂したフランスにあってきわめて安定している。ヨーロッパで一、二を争う豊かな領地だ。パトラスから遠いのは確かだが……」

議論は連日深夜にまで及んだ。

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「プシェミスル家にしよう」
長い検討を経て、ギヨームはそう決断した。
 
もちろんボヘミア王位も魅力的なのだが、プシェミスル家のヴェローナ公領はライバルのヴェネツィア共和国の後背地である。ここを手にすればかなり有利な戦いができる。また、神聖ローマ皇帝に奪われたアンコナ港を回収できることも大きかった。

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プシェミスル家の子供は双子で、王女ドブラフカに継承権がある。そこでオートヴィル家の長子タンクレッドは王女ドブラフカと婚約し、

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長女アヴェイスはボヘミア王子フセボルと交叉婚約という運びになった。両家の主だった者はプラハの都に集まり、数週間に渡って盛大な祝いの宴が張られたという。

うまくいけばタンクレッドとドブラフカの子供は王になり、オートヴィル家はプラハからアドリア海、ギリシアにわたる国々に君臨するだろう。

どれほどの栄光が家系にもたらされることか!
ギヨームは名高いボヘミアの麦酒に酔い、朝まで踊り明かしたという。

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だが突然の悲しみがギヨームを襲った。
主の1303年2月、愛する妃のエモニー・ドートヴィルが急逝してしまった。まだ21歳だったというのに……。

近頃はやりの天然痘ということだった。これにかかると二目と見られぬ容貌になってしまう。伝染力が強く、罹患した者の多くは死んだ。美しかった妻の手に触れることも許されず、ギヨームは涙ながらに亡骸を葬った。

このエモニーの早すぎる死は後々になって影響を及ぼしてくる。

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 まだ2歳の長子タンクレッドが母の称号を継ぐ
 ロードス領主、アルメニアコン公


砂漠の女騎士
1304年、モンゴル人がパレスティナを征服した。
ケラク朝の有力諸侯だったイベリン伯は当地を追われ、正妃の実家があるウィーンへ逃亡。伯の側室だったアデル・ドートヴィルとその妹エリアは同族が支配するパトラスに亡命を望んだ。二人はギヨームのいとこにあたる。

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 女ながら聖戦士の称号を持つエリア
 パレスティナで鍛えられたのか、心身ともに強健

喪が明けて再婚相手を探していたギヨームはエリア・ドートヴィルに目をとめた。なかなかの女丈夫で、伯妃としての貫禄は十分だ。それに高齢なので子供も生まれにくいはず。ギヨームはあまり継承をややこしくしたくはなかった。

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エリアは結婚に同意し、さっそく式が行われた。彼女は表向きキリスト教徒というふれこみにしたが、実際は生まれついてのスンナ派ムスリムだった。

結婚後、ギヨームは何度も改宗を頼んだが、彼女は信仰を捨てることを断固として拒んだ。それで最後はギヨームの方があきらめた。さすが見込んだ女だけのことはある。


テッサロニキ継承問題

1305年、やっと義母ロドヴィカ・アレラミチがテッサロニキ女公になった。彼女はタンクレッドの祖母なので、当然継承は故エモニー・ドートヴィルを通じて我が子タンクレッドにいくものとギヨームは信じていた。

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 新テッサロニキ女公ロドヴィカ・アレラミチ
 後継者(黄色枠)に注目


しかし実際に後継者として指名されたのは兄オーブレーの娘プルケリアだった。プルケリア、妹のテクラ、そして三番目にやっとタンクレッドがくる。
 
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 なんでこうなってしまったのか
 ロドヴィカ・アレラミチの4人の子と1人の孫 
 番号はテッサロニキ公領継承順位

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 どうせこうなるなら、オートヴィル本家のアカイア伯領も
 オーブレー系で継承しておけばよかったのだ
 本家継承をギヨーム系に切り替えるのが早すぎたようだ

ギヨームは頭を抱えた。
父フレリーが継承を操作しようとして右往左往した結果がこれだ。
 
しかし、今さら兄に「どうぞどうぞ」と家長を譲る気はない。
譲ってたまるか。

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ギヨームは密偵頭ヒメリオスによる報告を思い出していた。
司教ヒメリオスはオーブレーの陰謀を防ぐため2度も殺されかけたという。いったい兄はテッサロニキ公領で何をたくらんでいるのか?

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ギヨーム自身、狩りのときに不審な矢に狙われたことが何度かある。誰かが彼を殺そうとしているのは明らかだった。

ギヨームが死んで一番得をするのは誰か?
オーブレーだ。
彼のアカイア伯継承順位は上がり、娘たちはテッサロニキ公領を継承する。兄の家系のもとオートヴィル家の領地は統合される。
大変結構!

「冗談じゃない」

ギヨームは焦りを感じた。
なんとかして事態の解決をはかる必要がある。

そして彼が当然の結論に至るまでに、そう時間はかからなかった。
「兄とその娘たちは全員アカイア伯領内にいる。彼らの生死は思いのままではないか」

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しかしギヨーム・ドートヴィルには重大な弱点があった。
彼は帝国宮廷で『謙虚、慈愛、公正の人』として通っていた。またそうでなければいけなかったのだ。

オートヴィル家の特徴として、ただでさえ評判の下がりやすい異民族・異教徒の家臣を多く抱えていることが挙げられる。だからギヨームは決して下手な行動を取れない。家臣の評判の低下は反乱あるいは陰謀の応酬に直結する。親族の暗殺などもってのほかである。

では、どうするか?

賭けに出る

主の1306年、ギヨームはオーブレーをパトラスでの宴に呼んだ。
「兄貴、伯領の毒味役をやってくれないか」

伯の暗殺をするのにこれほど適した役職はない。
ギヨームは兄弟争いの手打ちをしようと提案したのだった。

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 将来:オーブレー系オートヴィル(赤枠)と
 ギヨーム系オートヴィル(黄色枠)

ギヨームは兄にこう言った。
「うちにはプシェミスル家のボヘミア王国、ヴェローナ公領が手に入る。『それなら』と俺は思ったんだよ。テッサロニキは兄貴の血筋に任せるべきだと」

領地が他家に渡りさえしなければいいのだ。
次の世代で家系を統合するチャンスもある。

先年、オーブレーの娘プルケリアは謎の死を遂げたが、
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 プルケリアはすでに結婚し他家の男子を産んでいた
 これは許容できない

妹テクラはまだ健在だ。
彼女にはパトラス宮廷のノルマン騎士をあてがい、母系結婚をさせる。

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 独身主義者(生殖-1000%)は婚約拒否されたので、
 同性愛者アボンディオ(生殖-15%)をテクラにあてがう

テクラに子ができれば、テッサロニキはオーブレーの家系のものになる。子がなければ、テッサロニキは改めて継承順2位のタンクレッドのものになる。

兄弟でやる賭けのようなものだ。
賭け金は領地、開帳期間は十数年、ベッドの上ですべてが決まる。
とにかく余計な人死にを出さないことが肝心だった。

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 「愛する弟ギヨームよ、汝に平安あれ
 娘テクラと騎士アボンディオの結婚に同意する」
 
オートヴィル家の兄弟はこの条件で合意した。
二人はがっちりと握手をしたが、ギヨームは退室するとすぐに手を洗った。 
 
「今頃、兄貴も同じように手を洗っているのだろうな」
とギヨームは思った。