Aveis La Cruelle
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ギヨームの娘アヴェイスは19歳でテッサロニキ女公となった。

ロードス育ちで流暢なギリシャ語を話したが、父ギヨームの手駒として送り込まれた異国の姫君に対する風当たりは強かった。
宮廷にも領国にも彼女の味方は少なく、暗殺や反乱におびえる日々が続いたという。

それから10年が過ぎ、アヴェイスは父親のカラブリア公領を相続した。彼女の敵はみな姿を消していた。
彼らがどこに行ったのか、誰も知らない。それを詮索する者もまた消えたからだ。

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 アヴェイスの夫君、密偵頭マシュー・ド=ヴォロ
 日陰から出ずに淡々と妻の敵を処理した

公国の人々はむっつり黙ってアヴェイスの支配を受け入れた。
彼女は強欲で、しばしば憤怒にかられ、そして残酷だった。それで人々は彼女を「無慈悲のアヴェイス Aveis La Cruelle」と呼んだ。
 
旗揚げ
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 1329年2月9日 レスボス島の虐殺
 反逆したテッサロニキ軍14000はラテン皇帝軍8000を鏖殺した
 島を逃げ出せたのは少年皇帝ジルとわずかな供の者だけだった

1331年、アヴェイス・ドートヴィルはフランドル朝ラテン帝国からの独立戦争に勝利し、晴れてテッサロニキ公国の女主人となった。

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 白枠:独立を果たしたテッサロニキ公国
 旧王国17州のうち5州を有している 

祝いの席でアヴェイスは地図の上に5つの駒を置き、家臣たちに言った。
「これが何かわかるか」
「わが国の領土です」
「より正確に言うならば、アヴェイス様に従う南イタリアの3共和国、2伯領ですな」
「その通り。では残りの南イタリアはどうだ」
「ビザンツ皇帝、そしてヴェネツィアのドージェのものです」

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すると彼女は4つの駒を取り出し、卓の上にざっと放り投げた。
「あと4州あれば王国の再建ができる。旧シチリア王国17州のうち、9州を手にすればいいのだからな」

家臣たちは耳を疑った。
「王国ですと?」
「そう、王国だ。150年前にドイツ人に滅ぼされた、私たちノルマンの王国だ」
 
アヴェイスは声を強めた。
「父上は血濡れた手で私をテッサロニキに送り込んだ。
オートヴィル家がイタリアへ捲土重来を果たすにはこの地の富が必要だからだ。
 
私は自分の王国を打ち立てる。子供の頃から暗殺の恐怖に脅えながら、それだけを心の支えにして生きてきたのだ。
父祖の王冠をこの頭に戴くこと、それだけがわが望み。おまえたちはわが家臣でありながら、そんなことも気付かないできたのか?」

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確かに時間はかかった。
だが王国滅亡から150年、アルビニア、ロジェ、フレリー、ギヨームの4代にわたって蓄積されてきた土地と富は、ようやく王国再建について考えることをオートヴィル家に許したのだった。

「だがそうなると皇帝かドージェと刃を交えることになりますぞ」
「父の遺領カラブリアを継承した今、その力はある」
「……たしかに」
「旗揚げの時来たる、というわけですな」
「皇帝もドージェも、ともにオートヴィル家とは因縁のある相手。アヴェイス様はどちらと戦うおつもりか?」

「決まっている。敵はこいつらだ」

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アヴェイスは有翼獅子の絵の上に駒を進め、薄く笑ったと伝えられている。

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恩寵は勇敢な者に与えられる。
 
1332年6月、シーア派指導者アヤトッラー・ドゥーアはヴェネツィア共和国に対するジハードを宣言し、共和国領イフリーキーヤは異教徒の攻撃にさらされることになった。
アヴェイスにとってこれ以上ない好機である。

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彼女はギリシャ人たちに命じて商船団を出航させ、各地の情報を収集した。
共和国遠征軍はイフリーキーヤ東部にあり、その兵力は20000。マスーフィ朝のトリポリ3州を占拠しつつある。

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一方、レヴァントのテッサロニキ商館からは、モンゴル帝国の動員が始まったという報告がきた。
 
シーア派盟主であるトゥメン・ハーンの召集に応えた諸侯のリストはどんどん膨れ上がり、バグダード、アンティオキア、ダマスカスといった有力大守らが名を連ねた。情報を総合すると、90000から110000の兵が前線へ送られる見込みだ。

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これでは共和国に勝ち目はない。いける。
アヴェイスは家臣に動員準備を命じ、遠国の傭兵隊長に便りを出した。ひさびさの戦役とあってギリシャの諸港は活況に沸いた。
 
激発
1334年10月、対ヴェネツィア戦役の準備が着々と進む中、コンスタンティノープルの使者がテッサロニキ宮廷に到着した。
 
華麗な外套に身を包んだ皇帝の使者は、次のような文章を鼻にかかった発音で読み上げた。

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『断りもなく帝国を離脱したオートヴィル家に告ぐ。
余、ローマ人の皇帝エウフロシネ・ラスカリナは、貴公アヴェイス・ドートヴィルの治世が短くまた惨めに終わることを望む。余はここに正式に両者が戦争状態にあることを告げるものである』

やられた。
先手を打って帝国が攻めてきた……!

父ギヨームの死によって旧カラブリア公領はビザンツ帝国を離脱し、アヴェイスのテッサロニキ公国に統合された。
そして、まさにその離脱によって、父ギヨームの持っていた称号のすべてにビザンツ皇帝の請求権が発生してしまっていたのだ。
なんということだ。

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 赤い■は女帝がアヴェイスに対して請求している権利
 ビザンツに"press all claim"で宣戦される恐怖

アヴェイスに負けるという選択肢はない。
帝国と戦って勝たねば全イタリアとギリシアの1/3を喪失してしまう。
そうなれば王国再建は夢のまた夢だ。

急遽アヴェイスは公国軍を編成した。

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 赤:テッサロニキ公軍 黄:ビザンツ帝国軍
 テンプル騎士団など15000 首都防衛
 傭兵軍17000 首都防衛
 ヘラス諸侯連合軍18000 後備
 イタリアの都市共和国軍はビザンツ領サレルノを攻略  

彼女は全諸侯に出撃を命じた。
前公家のアレラミチ家がためこんだ2800万ドラクマという金にあかせ、雇える傭兵隊をすべて雇った。
そして聖地への途上にあったテンプル騎士団総長ブノワ・ド=モルトマールを執拗に説得し、戦役に参加してもらった。

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「帝都に近いところで戦うと敵の増援に捕まりやすい。できるだけこちらに引きつけて戦うべきだ。テッサロニキ市前面の山地に防衛線を敷くことを勧める」

ド=モルトマールの助言に従い、公国軍はカルキディケ領からテッサロニキ領へ通じる山間の隘路を予定戦場と定め、陣地を構築した。

1月25日払暁、予想通りエグナティア街道を西進してきた帝国軍25000は、州境の峠でテッサロニキ公国軍と激突した。

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 1335年1月25日、エグナティア街道の会戦

帝国軍の戦列と衝突した瞬間、傭兵隊の寄せ集めでしかないテッサロニキ軍はひるんで後退を始めた。
だが戦列中央をまかされたテンプル騎士たちは野太い喚声をあげ、その場にとどまった。彼らは多大な損害を出しながらも、帝国軍の突撃を跳ね返しつづけたのだ。

「ソロモンの騎士ら マケドニアへきたりて
 槌をふるいて 暁、峠に死す」

 
この時の騎士団の武勲は今でもいくつもの言語で歌われている。
 
夕刻、オートヴィル家直参のラテン重歩兵8000が山地を突破して奇襲をかけ、敵戦列を崩壊させてこの戦闘を制した。

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 同4月3日、フィリッポポリスの会戦
 
戦果を確定するため、テッサロニキ主力はエグナティア街道に沿って帝国軍を追撃した。
フィリッポポリスでこれをとらえて撃破したが、直後、東方カリポリスから進撃してきた帝国軍25000に遭遇し、3度目の会戦を強いられる。

さすがはビザンツ。いったいどれだけの兵力があるのか。

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 左翼を連合傭兵、中央を騎士団、
 右翼をオートヴィル家臣団が固める
 金その他を大量に消費して初めて可能となる布陣

28日間に及んだ会戦は辛くもテッサロニキが勝利した。
敵がその兵力を数度に分けて投入せず、一度に70000超の帝国軍と激突することになっていたら……。
テッサロニキにまず勝ち目はなかっただろう。

敵の増援は帝都周辺に集結し、万単位の大部隊となって西進してくる。
これを未然に叩き潰すため、騎士団総長ド=モルトマールは後備ヘラス軍18000をカリポリスに上陸させる作戦を発案した。これらは64隻のギリシャ商船隊でピストン輸送する。

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 カリポリス上陸作戦、成功。おなじみの戦略要地
 ダーダネルス、ボスポラス両海峡で敵を抑えこむ 

山がちなマケドニア、トラキアを迂回できる海上輸送は非常に有用だ。ヘラス軍はきわめて迅速にエーゲ海を渡ることができた。彼らはそのまま海峡を封鎖し、カリポリスとコンスタンティノープルの包囲に移った。

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その冬、コンスタンティノープルの牢獄に囚われていた一人の老人が獄死した。イスラームに改宗して数奇な運命をたどったオートヴィルの一人、フランク・ドートヴィルだ。
 
地下牢に入れられていたフランクは、オートヴィル家の軍隊がすぐそこまで来ていて、帝都を攻めているなどと知るよしもなかった。そして一人淋しく死んだ。
彼の魂に平安を。

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翌1336年8月、テッサロニキ軍はついにコンスタンティノープルの外郭城壁のひとつを陥落させた。
何度も何度もビザンツを攻めては敗退してきたオートヴィル家。
数百年かけてついにここまで来たのだ。

「その夏、われわれは皇帝の都を攻めた」

だが意外にも、オートヴィル家の年代記にはそういった簡単な記述があるだけだ。挿絵も残されていない。それほど戦いが激しかったということなのかもしれない。

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同年12月、資金が底をつき、イタリア人傭兵隊が反乱を起こした。金庫にうなっていた2800万ドラクマもこの大規模戦役では2年半と保たなかったようだ。

反乱はまもなく鎮圧されたが、ほかの傭兵隊が動揺しつつあった。
補充が早い傭兵戦力はいまやテッサロニキ軍の4割超を占めている。しかし国庫はもうすっからかんなのだ。
これ以上の反乱を避けるため、ド=モルトマールはすべての傭兵隊を解雇せざるを得なかった。

「問題はそれだけではありません」
 
ド=モルトマールは手紙でアヴェイスに訴えた。
 
「非ギリシャ系部隊、特にイタリア諸都市軍の不満がかなり高まっているようです。そしてテッサロニキ軍はきわめて疲弊しているというのに、アナトリアからは帝国の増援が無限に沸いてきます。この先は泥沼です」

テッサロニキ宮廷では「まだ行ける」という意見が多数を占めていた。 だがアヴェイスは前線からの報告をじっくりと読み、考えた。
 
「いまヴェネツィアや異教徒に攻められたら国がなくなる。悔しいが、私の力量はこんなものだ」
 
1337年2月、アヴェイスは女帝エウフロシネに和平の使いを送った。

名称未設定
 「アヴェイス・ドートヴィル、貴公の無能ぶりは劇に出てくる洗濯女並だな。
 そうか、和平を望むか。もう息切れしたか。
 こちらはまだまだ戦えるが、大いに譲歩して応じてやってもよい」

女帝は白紙和平に応じ、戦役は終わった。

身を守る
アヴェイスはむなしかった。
これだけの戦費を溶かし、国を荒らし、何も手に入らない。そしてすべての請求権はまだエウフロシネが持ち続けているのだ。

いつまたビザンツに戦を仕掛けられるかわからない。
もう金はない。軍も維持できないし、傭兵隊も雇えない。
次に戦いがあれば領土を失うことはアヴェイスにも解っていた。
なんとかしなければ。

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アヴェイスは諸国にギリシャ商人を派遣した。
アラゴン、フランス、ドイツ、教皇庁、ヴェネツィア、ハンガリー、ブルガリア、ラテン帝国、ビザンツ帝国。
商人たちは公然と任地へおもむき、極秘の調査を開始した。

調査内容はきわめて慎重な扱いを要するものだった。
 
「貴国はテッサロニキ女公の臣従を受け入れる用意があるか?」

アヴェイスはオートヴィル家の領地を守るため、独立国でありつづけることを断念したのだ。

神聖ローマ皇帝とフランス王以外のすべての国が「可」という返事を送ってよこした。
だがアラゴン、ハンガリー、ブルガリアはアヴェイスの選択肢から外された。アラゴンは遠すぎたし、ハンガリーとブルガリアは国内が不安定すぎたからだ。

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 残るは教皇庁、ヴェネツィア、ラテン帝国、ビザンツ帝国
 どこに臣従すべきだろうか?

彼女が本命視していたのは聖庁と、そして意外なことにヴェネツィア共和国だった。教皇庁国家の不可侵性は魅力だったし、ヴェネツィア共和国を内側から食い尽くしていくという選択肢はさらに魅力的だった。

しかしこの両国は王権法がきわめて発達しており、封臣になってしまうと国内外でまったく身動きができない状態になることがわかった。宗教政体あるいは共和国政体のためか、派閥すら作ることができないのだ。それでこの案も放棄された。

「ビザンツに臣従するか?
あの女帝エウフロシネに頭を下げて、家来に加えてくれと言うか?」

結局、それがもっとも合理的な判断だった。
 
まず、アヴェイスの臣従によって東地中海全体が安定する。異教徒によるジハードなどの突発的な危険を回避できるのは大きい。
次に、帝国の王権法は中程度だから内外の活動も自由がきく。
女帝が持つ請求権についても、臣従してしまえば臣下の領地をいじることになり、リスクが大きい。女帝は自制せざるを得ないだろう。

「だが、私はそうはしない」

アヴェイスはビザンツ臣従案を蹴った。
理由はただ一つ。彼女はどうしてもエウフロシネなんかに頭を下げたくなかったのだ。アヴェイス・ドートヴィルはそういう女だった。

それで彼女は最後に残った選択肢、ラテン皇帝アリエノール・ファン=フラーンデレンに使いを送った。

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 フランドル朝ラテン帝国第7代皇帝、アリエノール
 ラスカリス朝ビザンツとオートヴィル家の
 2人の強力な女君主にはさまれて苦労が多かった

ラテン皇帝領はきわめて弱体で、帝国全体の動員力も11000とテッサロニキの1/3しかない。防衛力を求めるアヴェイスにとっては不本意な選択だったがやむを得ない。
少なくとも「皇帝が弱体だといつでも帝国を抜けられる」という利点はあった。

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1337年春、ラテン帝国はオートヴィル家の再臣従を受け入れた。
受け入れなければどうなるか、アリエノールはよくよく解っていたに違いない。「国を乗っ取られたような気分がした」と後に彼女はこのときの事を語っている。