第一回冒険商業
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この遠隔地交易のためにわたしたちはソキエタス・マリスを組んだ。
航海者自身が資本の一部を負担するもので、取り決めに従いゲラルデスカ商会は120百リラを出資した。またピオンビノの司教区から50百リラの出資を受けた。
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レヴァント航路での競争者をできるだけ減らしたいアンコナ共和国が探りを入れてきたので、「そちらに割り込むつもりはない」と丁重に説明をして引き取ってもらう一幕もあった。

では我々はどこへ行くというのか?
それは北だ。
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 北の不思議な宝石、琥珀(wikipedia.en)

琥珀と毛皮、ニシンと松脂、すばらしい船材と瀝青。
バルト海には無限の商機があった。

また途中立ち寄る予定のリューベックでは急速に商人たちのソキエタスが勃興しつつあるという。ぼやぼやしてはいられない。わたしも近海とレヴァントは一通りの航海経験があるが、ジブラルタルから先は行ったことがない。

気分が高揚するのを感じる。冒険商業に手を出してみて実感できた。この興奮はたしかに商人の本懐だ。
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旅はイングランドのヘンリー2世王への挨拶回りも兼ねていた。わたしは孫娘の『強気のアデラシア』を連れていき、彼の宮廷に預けるつもりだ。

準備は万端ととのった。それでは出港しようではないか。
 
商売の秘訣
ジブラルタルを越え、リスボンを越え、ビスケー湾を突っ切って船団は快調に進んだ。
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イングランドの都、ウェストミンスターで我々はとても歓迎された。
ヘンリー2世はなかなかの古狸だったが、彼の息子『獅子心のリチャード』はすばらしい若者である。

彼がアデラシアの教育を受け持ってくれると知ってわたしは嬉しかった。既婚者でなければ孫と婚約をお願いしていたところだったのだが。
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しかしその後の航海は不調だった。
そのころフランドルでもドイツでも政情が安定せず、バルト海沿岸には海賊がうようよしていた。これでは商売などできはしない。

そうして東へ東へと航海していくうちに、いつしかキリスト教徒の住む土地を離れ、船団は異教徒の住む陰鬱な入江まできてしまった。水先案内人はこの地をゼミガッリャと呼んだ。
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 ゼミガッリャの族長クルレムセ

わたしはクルレムセと名乗る族長に良いアラブ馬20頭を贈った。彼はとても喜び、彼らの言葉でわたしを友と呼び、ピサ人たち全員を宴会に招待した。
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ところがだ。
宴会の席でゲラルデスカ商会番頭、ピオンビノのアドーネが酔ってしまい(異教徒の蜜酒はとても強い)誰かれ構わずからみはじめた。

わたしは彼を館から追い出して船に閉じ込めるよう命じたが、すでに遅い。クルレムセはいたく不興の様子だ。

それにわたしの個人付司祭タデオが地元の族長たちに宗論をふっかけだした。やめてくれ。本当にやめてほしい。タデオが宴席から追い出されたあと、クルレムセの表情は石のようにこわばっていた……。
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結局、族長の怒りは解けず、交渉は決裂した。
こんな遠くまでいったいわたしは何をしにきたのか?
 
だが学びもあった。確かにわたしは学んだ。
随員たちの口を閉ざしておくことこそ、商売の秘訣だということをね!

そんなわけで、わたしの最初の冒険商業は手ひどい失敗に終わったのだった。

ゼミガッリャへの旅商
商会出資 125百リラ / 売上   0百リラ
教区出資 50百リラ  / 教区損失 50百リラ
            損失  125百リラ
統治+1
 
帰ってからも忙しい
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ピサへ帰るとまた面白くない知らせが待っていた。
わたしの兄ウゴリーノは2000のならず者を集め、ピサのポデスタ(行政長官)であるカエタニ家のグレゴリオに決戦を挑んだそうだ。そして彼は負け、囚われの身となってしまった。

釈放の手立てがないかと探ったが無理だった。このまま兄は牢獄で朽ちていくのだろうか……。

アンコナでは右方ゲラルデスカの『俊敏なるテディチェ』が亡くなり、密偵長だった左方ゲラルデスカのウグッチョーネがパトリキに昇格していた。
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両家の紐帯を強め、またアンコナとの連合を期して、わたしは彼の息子ラザロに下の孫娘ベルタを嫁がせることにした。

またこの頃ジェノヴァがフリードリヒ2世をそそのかし、ピサに禁輸戦争をしかけてきた。禁輸対象地はルッカであり、ダッピアーノ家の勢力範囲だ。それにゲラルデスカは皇帝派だから兵を出す義理はない。

だがわたしは槍兵2000を招集し、グレゴリオ・カエタニに預けた。ジェノヴァの勢力が伸長して困るのはピサのパトリキ全員だからだ。
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 1198年10月22日、ジェノヴァの会戦

グレゴリオは序盤は有利に兵を進めたが、アルプスを越えてきた10000の皇帝軍にはなすすべもなかった。ピサは降伏し、ルッカのダッピアーノ家の商館は失われた。
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ルッカは帝国領で、ジェノヴァとピサの係争地ではあった。だが甲がルッカに商館を置くと、乙が皇帝に禁輸戦争をそそのかす。したがってルッカに商館をおいてはならない。この小戦役で学んだことのひとつである。

第二回冒険商業
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 ピサの地図、11世紀(wikipedia.it)

主の1199年春、わたしはパトリキとしてピサのアルノ河港の浚渫作業を監督していた。アルノ河は土砂が堆積しやすく、浚渫をしないでいれば、10年を待たずピサは港として使い物にならなくなっていただろう。
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ある日、河港のヘドロの中からガレーの残骸が発見され、潜水夫たちがその残骸を引き上げた。するとどうだ! 中から宝箱が出てきた!

宝箱には古いベザント金貨が詰まっており、わたしはこの金を元手に二回目の冒険商業に出る計画を練りはじめた。
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  一方でアンダルシアに着々と商館を建設してゆく
 VENICEのEにあたる場所、ベンガジ港がヴェネツィアのコントロールを外れている
 
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  新たな後継者として右方ゲラルデスカのイルデブランドが指名さる
  彼は天才

今回の旅商の行き先はトリポリタニアのベンガジ。ずっと近場だ。だが獅子の口中でもある。かのセレニッシマ、東方交易を支配するヴェネツィア勢力圏のただなかにベンガジ港は位置していたのだ。
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 ベンガジ太守、スレイミー家のアリ
「ヴェネツィアの連中は心がない。俺は心のない連中と商売をする気にはなれん」

ベンガジ太守アリは話せる男だった。またしても番頭アドーネと司祭タッデオが余計なことをしてはらはらさせてくれたが、結果としては大成功。
アリは手持ちの亜麻布をすべて買い取ってくれ、ベンガジとピサの間に通商路を開くことに同意した。
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船団はアフリカの羊毛と薔薇色の岩塩を満載してピサに戻った。わたしは一躍交易商として名を馳せ、「次のポデスタに」という声まで聞かれるようになった。

ベンガジへの旅商
商会出資 131百リラ / 売上 328百リラ
教区出資 50百リラ
教区配当 25百リラ
利益     122百リラ
fortune builder獲得、威信+150、交易路開設、市税収入+30%