ピオンビノのシニョーレ、コスタンツォ・デッラ=ゲラルデスカがその治世をここに記す。
とはいっても、たった2年間の出来事だ。

俺は武に秀でた若者だった。商家に生れながらアラビア数字も知らない。算盤など触ったこともない。

日々武芸の鍛錬に明け暮れ、馬で街道をめぐり、旅の武者に手合わせを願った。できればテンプル騎士になりたいと願っていた。だが運命が俺をそれとは違った生涯に巡り会わせた。

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 右方ゲラルデスカ
 中央左がコスタンツォ

 
俺の父親アリオット・デッラ=ゲラルデスカは商会相談役として先代頭取テディチェによく仕えた。テディチェの死後、左方家に適当な男子が育っていなかったこともあり、このたび初めて右方家より商会頭取を出すことになったのだ。

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 左方ゲラルデスカ(一部)
 前職テディチェの家族やアンコナのウグッチョネロ等

そうして主の1220年、俺は選ばれてゲラルデスカ商会頭取となった。同時に先の頭取テディチェより頭取職に付随するピオンビノ、ポプロニアの施政権を受け継いだ。
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 急激な繁栄を見せるポプロニアの町

俺は一族の荘園に投資をし、畑を広げた。またピオンビノの職人、ポプロニアの冶金師たちの税を免じて商売を広げさせた。そして旅籠を整備し、小商人たちが安全にトスカナの沿岸を旅できるようにした。
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 つましい行商人も街道沿いの旅籠で一息つくことができる 
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先代テディチェがユダヤ人のバルソオル家に借りていた350百リラも完済した。
バルソオル家のソルゴは頭の切れる男だ。彼は俺の宮廷に加わり、密偵長として働いてくれることになった。
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1222年の年額収入(%は1212年比)
ピオンビノ市税 77百リラ +14.9%
ポプロニア市税 58百リラ +17.5%
荘園からの   74百リラ +45%
商品取引    149百リラ 商館7
       29%の統治加算を加えて、
        計423百リラ(年額)

デッラ=ゲラルデスカ家の金庫はベザント貨幣で満ち、人々は俺を『良き商人』と称えた。
しかし、だ。
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俺は俺の人生を憎む。
やり場のない怒り、欠乏、重圧が俺の心を蝕んでいる。

俺は椅子に座って帳簿をつけたり、金貨をちまちまと数えるために生まれたのではない。
ほんとうに為したかったこと、それはテンプル騎士として聖地へ渡ること。戦場で軍を率い、勝利の栄光に包まれることーー。

近頃俺の健康はすぐれぬ。
気鬱からくる病で俺は寝床に伏せている。先は長くあるまい。
 
笑うがよい。
このように脆い男が騎士としての生涯を夢見ていたのか、と。

しかしこれが我が人生、コスタンツォ・デッラ=ゲラルデスカの一生であった。誤った戦場であったかもしれないが、俺は精一杯戦ったのだ。
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 主の1222年、コスタンツォ・デッラ=ゲラルデスカは主の平和のうちに召された