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わたしはジアン。ジアン・デッラ=ゲラルデスカ。
先々代のアンコナのポデスタ『俊敏なるテディチェ』の次男である。
 
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わたしはあの美しい町アンコナで、幼少のころから兄イルデブランドと比べられて育った。兄は天才だった。一方、わたしは凡人だ。そんなわたしがピサのゲラルデスカ商会の頭取に選ばれたのはなぜか?
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 右端がジアン
 コスタンツォに続き、右方ゲラルデスカから頭取が出た 

簡単なことだ。兄はアンコナのゲラルデスカ商会を継ぐと決まっていたからだ。二つのゲラルデスカ商会の頭を一人が兼ねることはできない。それで天才がアンコナを注ぎ、凡人がピサを継ぐと決まった。

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先代のコスタンツォが気鬱で身罷った1222年、わたしは住み慣れたアンコナを出てピオンビノに移り住んだ。その年の秋、皇帝フリードリヒ2世によるアンコナ戦役が始まった。

ピサ共和国のように皇帝へ臣従しなかったアンコナを力で潰そうという、あまりにドイツ人らしい考え方だ。
もしかして、あの男は世間で言われるほど英邁ではないのではないだろうか。海洋共和国はいつだって潰すより飼っておくほうが儲かるというのに。

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 イルデブランドと『ロンドン帰りの』アデラシア

わたしは手紙を書き、兄イルデブランドをピオンビノに呼び寄せようとした。だが兄はその誘いを断ってこう書いてきた。

「ジアン、俺はアンコナを見捨てはしない。俺はこの町で育ったのだから市民たちとともに町を守る」

わたしは黙って手紙を巻き取った。わたしも兄と同じ気持ちだった。

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わたしはピオンビノで先の頭取コスタンツォの妻フロイツァをめとった。フロイツァはカエタニ家の出で、両家の同盟はこれからも続くという意思表示でもある。
フロイツァはわたしに冷淡な様子を見せたが、再びピオンビノのシニョーレの妻の座につくことは拒まなかった。

船団の水夫たち、荘園の農夫、ピオンビノの造船所工員から400名をつのって、ゲラルデスカ家の常備えとして訓練をほどこしたのもこの時期だ。
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 常備えのパイク兵を400から800に増員
 
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1226年の年額収入(%は1220年比)
ピオンビノ市税 91百リラ +18%
ポプロニア市税 76百リラ +31%
荘園からの   89百リラ +20%
商品取引    147百リラ 商館10 +3
       59%の統治加算を加えて、
        計560百リラ(年額)
 
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 1226年のピサ共和国の商館網
 赤枠はデッラ=ゲラルデスカ家の交易圏
 新興のアンコナとヴェローナがヴェネツィアの覇権に挑戦している

わたしが受け取った遺産は豊かなものだった。アンダルシアを中心に現地商館は10を数え、ゲラルデスカ商会は限界まで成長していると言ってよい。だがこれは反面、今以上の伸びしろがないということでもある。

ゲラルデスカ以外の諸家はまだ遠方に商館網を築いてはいない。しかしそれも時間の問題であろう……。

主の1226年暮れ、アンコナはついに陥落した。 
ウグッチョネロ・デッラ=ゲラルデスカはしばらくの間ポデスタ位を保持したままだったが、皇帝フリードリヒ2世がアンコナ公を設置するとその肩書きも失われた。

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「俺たちの力が及ばず、ゲラルデスカの都市を失ってしまった。すまない」

わたしは兄イルデブランドを妻アデラシアとともにピオンビノに招聘した。ただの温情でそうしたのではない。天才で聞こえた兄、それからロンドン育ちのアデラシアを宮廷に擁することで、あきらかにゲラルデスカ家は共和国内のレースで優位に立つことができる。

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だが兄は航海の途中でよくない風邪をひいていた。
咳はしだいにひどくなり、肺の病となり、数ヶ月の静養を終えた彼の顔はもはや亡者のそれだった。
 
「ジアン、俺の命も長くない。ゲラルデスカの名に恥じぬ立派な葬儀をしてくれ。妻と小イルデブランドのことを頼む」

そう言い残すと兄は身罷った。あんなに若く、才気にあふれていたのに。
アーメン。 やすらかに眠れ。

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 才女ベレニチェ・カエタニ
 
兄の忘れ形見の息子、小イルデブランドが成人すると、わたしは彼をカエタニ家のベレニチェと結婚させた。よくできた嫁だと思う。また兄のような天才が生まれるかもしれないな。

怒りの記録
さてここからは怒りの記録だ。
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 主の1227年、皇帝フリードリヒ2世は暴徒をけしかけて、ゲラルデスカ商会のプロヴァンス商館を破壊させようとした。わたしは意味がよくわからなかった。皇帝とは決して悪い関係ではないし、年額160百リラに及ぶ税も欠かさず納めてきたのだ。

「緊急の融資が必要なのですかな? ここに100百リラございます。利子はお取りいたしません。さあどうぞお納めください」

わたしは金で皇帝を丸め込んだつもりでいた。

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だが皇帝は微笑んでその金を取り、こう言ったのだ。
 
「金には困っておらぬ。ただ少し、ゲラルデスカ家があまりに帝国内で目立ってしまっておるのでな……。儲けるにしても、いささか控えめにせい。それが余の忠告じゃ。あ、この金貨はもらっておくぞ」

そうしてプロヴァンスの商館は跡形もなく破壊された。
 
もちろんゲラルデスカ家は帝国に忠誠を誓い続ける。
だがわたしはこの老皇帝、フリードリヒ2世ホーエンシュタウフェンのことを永久に忘れないであろう。
くそっ、見ていろ、いつか仕返ししてやる。

新天地へ
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主の1228年、わたしはゲラルデスカ商会に新たな活躍の場を与えることにした。アンコナが消滅した後、ぽっかりと空いたナイルデルタに商館網を築こうというのだ。

だがナイルデルタは遠い。
商館を築こうにも恐ろしいほどの金貨が必要になる。
中継地点が必要だ。わたしはキレナイカのバルカ港に目をつけた。

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ここは先々代が懇意にしていたベンガジ太守アリ(ネストリウス派)の支配する港市で、ちょうど近隣のムスリムと戦をしていた。先々代の恩義は知らぬ。今が港を奪う好機だ。

わたしは5000の傭兵を揃え、またカエタニ家のオルソに同盟軍の派遣を頼んだ。
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 ピサのパトリキ 同盟者オルソ・カエタニ
 「ほう、ゲラルデスカもようやくレヴァントの富を味見してみたくなったか」

砂漠から吹き上げる塵混じりの風を受け、ピサ艦隊はベンガジの沖に展開した。
 
東地中海はヴェネツィアの縄張りだ。我々はついにセレニッシマの腹の中に一歩を踏み入れることになる。恐怖はあったが、富への期待がそれを上回った。

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 土侯同士の争いをよそにジアンの軍勢はベンガジへ上陸を敢行した

1230年、わたしたちは戦に勝利した。
ゲラルデスカ家はバルカ市を奪取、これでエジプトは目と鼻の先になった。ナイルデルタに商館を建設するのに必要な金も500百リラから200百リラに抑えることができた。

わたしはバルカ港を拡張するとともに、ナイル河口ガラビーヤに初のレヴァント商館を建設するよう命じた。完成するのが楽しみだ。

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1231年、ピサのポデスタであるアッリアータ家のオットボノが死に、ダッピアーノ家のジョヴァンニがポデスタとなった。

彼のようなきわめつけの色魔がポデスタに就任するとは。苦笑するしかない。しかもジョヴァンニは男色の方面でも名高いのだ。美青年はポデスタに注意したほうがいいぞ!

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さて、わたしの話も終わりに近づいた。 
近々長女アンナが成人する。誰に似たのか、人をその気にさせるのがうまい。これが男子であれば……とは何度も思ったことだが、口にはすまい。アンナにはそれなりの貴族の男子を見つけてやるつもりだ。

まずまず貞淑な妻と3人の娘に恵まれ、ピサのパトリキとして商館網を拡張し、商会頭取として大過なく勤め上げた。まずは及第点の人生といえるのではないかな。少なくともわたしはそう思っている。
 
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 主の1234年、ジアン・デッラ=ゲラルデスカは主の平和のうちに召された

次回、ウンベルトは東を見る