10頭の馬、8頭の猟犬、20人の奴隷たちが「雷鳴のティケ」とともに炎となった。熊の毛皮をかぶったゴジたちは、金切り声をあげてヤルルの葬送の歌を歌った。 
 
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 新ヤルル、剛胆のスヴェルケル

スヴェルケルは戦装束に身を固め、燃え上がる船を眺めていた。 
「父上、安らかにアースガルズへと登られよ。尽きせぬ蜜酒と永遠の戦いがあなたには与えられる」
そうつぶやくと彼はさっと身を翻し、その場を立ち去った。
死者は煙となって天に上がり、生者には為すべき事が多い。

ルーシ大乱
というのも、王の招集があったのだ。
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そのころジール王が死に、長男ハルフダンがルーシの国を継いでいた。これを好機とみたポラーンの族長たちがこの国を横取りしようと画策し、西に火の手があがった。
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 910年、ポラーン戦役始まる
 クヤヴィなどポラーン諸族が同盟してルーシ西部へ侵攻

ビャルトラ家の者は3代にわたってキエフのルーシ王に仕えてきた。 
また、ガルダリキに移住したノルドの中でも馬の民との関わりが特に深い。スヴェルケルの妻ギュネスはペチェネグ人から迎えたし、彼自身もステップにおける騎兵戦術を得意としている。

そこでハルフダン王はスヴェルケルを軍将として迎え、その遊牧民を交えた軍勢をキエフ防衛のため招集したのである。
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 ルーシの金獅子旗のもと結集した遊牧民傭兵たち

ハルフダンはスヴェルケルの肩を抱いてこう言った。
「汝の助力をありがたく思うぞ、スヴェルケル。我々の父親たちが切り開いたこの地、絶対に渡してなるものか」

一方、敵方の族長シボルは数多くのポラーン族を招集した。「クヤヴィの蜘蛛」と呼ばれた狡猾な男で、彼を嫌う者は多かったが、彼を恐れる者はもっと多かった。

恐怖こそが彼の武器であり、招集に応じない者は村ごと燃やされた。それでその軍勢は膨れ上がり、6000とも8000とも言われた。
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形勢はルーシ側にとって不利に働き、数々の決戦でハルフダンは敗北を喫した。
「彼には父ほどの力量がなかったのだ」という者もいた。だがハルフダンはあきらめなかった。彼はスヴェルケルたちノルドのヤルルを率いて戦い続けた。

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しかし……3年後にはダンパル河の西岸はほぼポラーン族に占領された。スヴェルケルの弟グンナルも囚われの身となった。

追い討ちをかけるように、漁夫の利を狙ったスヴィドヨッドのトルステン王がヴィスラ河口に上陸してきた。もはやハルフダンに勝ち目はない。あれほど強大だったジーリのルーシ王国はわずか2代で崩壊しつつあった。

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 マジャル定住イベント
 HorseLordsDLCでは既成のマジャル定住イベントがなく、遊牧民用汎用イベントを利用する形でハンガリーが形成される

ガルダリキの戦況と並行して、平原には大きな動きがあった。
ついにかの強大なマジャルが分裂し、パンノニアの定住マジャルがウンガルン王国を名乗って独立したのだ。遊牧マジャルの帝国はそのまま残り、カルパチア山脈からヴォルガ川のあいだを占め続けている。

このように混乱した状況下、スヴェルケルは負け戦の確定した西部へ出撃するよりも足元を固めるほうが得策と判断。全兵力を王軍から引き上げ、ビザンツ帝国から自立したカマテロス・カガン国(ギリシア系遊牧民!)の攻略に専念した。
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この小戦役ではタンタルキャの対岸コルチェフとテオドシアを奪取。ケルソン4領のうち3領を確保した。

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 ルーシの新王、ポラーン族のシボル

そうこうするうち、戦役の終わりがきた。
「クヤヴィの蜘蛛」シボルはキエフにてハルフダンを地に這わせ、その王国を奪い取った。

知らせを聞いてスヴェルケルは恥の感情で満たされた。祖父や父のように王への忠誠を果たさず、負けの見えた戦役から手を引いたのだ。それは立派な戦士の行いとは言えなかった。
 
スヴェルケルは鬱々として平原を渡り、ポラーン族の住む沼沢地へと向かった。いまやルーシはポラーンの国であり、クヤヴィのシボルが彼の主君なのだった。だが彼の胸には秘めた一案があった。

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 この後、ビザンツ貴族ゼノンからケルソン公位を簒奪
 タンタルキャのヤルルとして船の紋章を帯びる
 雷鳴の紋章のほうは第二称号としてリフランド公に名称を戻した

失策
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「成功だ! シボルは崖から落ちて死んだ!」
ルーシの国中を急報が駆け巡った。
ノルド人ヤルルたちがたくらんだ陰謀は成功し、「クヤヴィの蜘蛛」は王国の果実を手にする前に神々のもとへ旅立った。

この陰謀の網の中心にはスヴェルケルがいた。
「この国をポラーンから取り返せ」
スヴェルケルの指揮のもと、ヤルルたちはシボルの息子のコンラドの暗殺にも成功した。

相次ぐ暗殺(とそれにともなう分割継承)によっていまや王軍は500人かそこらまで動員力を落としていた。いつでも諸侯の独立は可能だった。しかしヤルルたちはあくまでルーシの国体を守りたかった。ジールの子ハルフダンの復位宣言を待っていた。

だがハルフダンは動かない。
理由はわからなかった。キエフの砦に引きこもったまま、摂政にまつりごとを任せて隠れ住んでいた。人々は噂しあった。すでにハルフダンの心は折れてしまっていると。

スヴェルケルは何度もキエフへ足を運び、復位宣言を願った。だがハルフダンに会うことはできない。彼は本当に生きているのだろうか? 正気を保っているのだろうか?

01
 反乱のリーダー、ハルデ家のスヴェルケル
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 「部族組織力低下要求」という無用の反乱
 そしてここにもハルフダンの姿はない

そして、耐えかねたヤルルたちはついに立ち上がった。スヴェルケルは懸命に彼らを説得したが無駄だった。

彼らに目的はなかった。反乱を起こさずにはいられなかったのだ。スヴェルケルは観念し、反乱に加わった。だが請求権を持つハルフダンが動かないかぎり、王国を再興できる展望は何もなかった。なにひとつ。
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反乱軍はキエフにて大勝をおさめた。
 
だがちょうどその時、ウンガルン王タルカツスの軍がカルパチア山脈を越え、北へ進軍を始めていた。
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 アールパードの子タルカツス
 きわめて強靭なイベント兵6200を含む兵10000を有する

彼の考えは単純だった。
「麻のように乱れたルーシが北にある。それでは行って我がものにしよう」

ジール王の晩年にカルパチア山脈以南へ食指をのばしていたのが悪かった。ルーシはこの強力な遊牧民国家と決して国境を接するべきではなかったのだ。

だが、侵攻の直接の原因となったのがスヴェルケルによる2人の王の暗殺、そして反乱だったことは間違いない。彼は国を復興させようとして荒らし、さらに恐るべき敵を引き込んでしまった。

もはや王軍も反乱軍もなかった。
マジャル騎兵たちは洪水のようにルーシを覆い、討ち取ったノルド人やスラブの族長たちの首を鞍に結びつけた。生き延びた者は死んだ者をうらやんだ。それほど彼らの征服は酷烈だった。
03
こうして、ここに巨大なウンガルン国家が誕生した。
遊牧民の軍事力と、封建化したマジャル人王国の安定性。目を覆いたくなるほど強力な国家だった。人々はみな絶望した。