生き延びる
32
叫び声が丘の向こうから聞こえてくる。
それに続いて盾を打つ鈍い音も。
 
馬のいななきが聞こえ、そして男たちが戦いの歌を歌い始めた。
ウンガルン王軍の先鋒であるノルド戦士たちが敵戦線を突破したのだ。

スヴェルケルは空を仰ぎ、青きテングリに祈りを捧げた。斧をベルトに手挟み、戦士たちを率いて走りだす。

彼らは奴隷だった。主君の意思で生かされているにすぎない奴隷だ。戦いで自らの価値を証明することで、今日まで生き延びてきた。

ルーシ王国の崩壊はノルド人を三つに分けた。
去った者、抵抗した者、奴隷である。
38
かつてのルーシ王、ハルフダンはキエフほかをウンガルン王に剥奪され、無一物となった。うわさでは遠縁を伝って、はるか北海のかなたスズレイヤルの島々へ落ち延びたという。

求めに応じて立たなかったハルフダンに諸侯らは冷たかった。スヴェルケルもまた敗者に関心を持たなかった。こうして異邦人ジーリの立ち上げたルーシ王朝はわずか2代で潰え、急速に忘れ去られた。
32
 ほかにも多くのノルドのヤルルが領地を追われた

3png
スヴェルケルの弟グンナルはオーゼル島を領していたが、ノルド人を糾合してガルダリキの野山に隠れた。そして行き来するマジャル人を襲い、ひそかにウンガルン王に対する戦いを続けた。

グンナルは兄スヴェルケルを軽蔑していたという。なぜならスヴェルケルはノルドの神々を捨て、ウンガルンの軍門に下ったからだ。
 
26
42
 スヴェルケル、タルカツス王より指揮官を拝命
 このころStenbockの家名を捨てaf Bjartraを名乗る

タンタルキャのスヴェルケルはその民とともにウンガルン王の奴隷となり、リトアニア、ブルガリア、ガルダリキの各地を転戦した。

彼は雷神トールを捨てた。王の信仰する天空神を祀り、ノルドの言葉で祈りを捧げた。彼は天を駆ける雷神トールとテングリ神のあいだにそれほどの隔たりを認めなかった。少なくともスヴェルケルのゴジたちはそのままの衣装、そのままの道具で新しい神に仕えた。

改宗にはペチェネグの姫だった妻ギュネスの手引きがあったと言われている。しかしスヴェルケルがテングリに帰依したことで彼の領地は安堵された。また叔父アルフをふくむ臣下たちの領地もまた安全だった。
15
スヴェルケルの息子レフィルは母親に似て平たい顔だった。このこともまたウンガルン王の心証を良くしたと言われている。
47
忠臣トティル・スミズは王のテントに随伴し、スヴェルケルの立場を強化するためにその黄金の舌を回転させた。こうしてすべての者が生き延びるために必死で戦っていたのだ。

カガンの旗のもとに
しばらくしてタルカツス王が亡くなると、事情が変わってきた。
ウンガルンの国は二つに分割相続された。ひとつはルーシ、かつてのヴァリャーグの版図。もうひとつはウンガルン、パンノニア平原と王国のその他の残余である。
33
 左のウンガルン王国、ルーシ王国、
 右のチャーシャール家マジャル、アールパード家マジャル
 いまや四つに分裂したマジャル人勢力

スヴェルケルはウンガルン王国に残留した。彼の領するタンタルキャもリフランドもルーシの版図ではなかったからである。

新しいウンガルン王コルネールは人々を困惑させた。
というのも、彼は天空の神を捨てたからだ。イエズスというユダヤ人死刑囚を唯一の神と崇め、その教えに従って生きていた。ミクラガルズのギリシア人皇帝と同じ信仰だが、教団が違う。西方のフランク人皇帝がコルネールの幕屋に神官をつかわし、改宗させたのだと言われていた。
45
スヴェルケルはどうしたか。
彼に選択の余地などなかった。領地と家臣を守るため、このイエズスを唯一の神と認めた。

だが人々は彼がそう簡単に新しい神になじめないのを知っていた。森の精霊、雷鳴、死せる戦士の塚にむけてスヴェルケルが祈っているのを見た者は多い。だがイエズスの神官は少なくともこのノルドの首領が十字の切り方を覚えたのに満足し、西へ帰っていった。

さて、ウンガルンの新王コルネールは野心に燃えていた。
彼は出自である遊牧マジャルのカガン位を求めて、チャーシャール家とアールパード家の両方に戦いを挑んだ。スヴェルケルはまたもやノルド人を率いて参戦し、ダンパルのほとりで戦い、負傷した。その傷跡は彼の顔に醜く残った。
37
鞍を並べて戦ったマジャル人の王子の中にはスヴェルケルと友誼の誓いを結ぶ者もいた。スヴェルケルは彼らから犬や鷹の扱いを教わり、のちには上達して狩りの名手として名を馳せた。
02
数年後、コルネール王はいくさに勝ち、全マジャルのカガン位を手にした。彼は白旗を上げて戦ったので「白きカガン、コルネール」と呼ばれた。

戦勝の宴でスヴェルケルはカガンの天幕へ呼ばれた。カガンは彼を奴隷ではなく戦友として扱った。スヴェルケルが変わらぬ忠誠をもってカガンに尽くしたからである。
19
16
 927年のマジャル・カガン国、およびその宗教
 スラブ、ゲルマン、正教、テングリ、カトリックが入り乱れる

文明に触れる
54
いくさのあと、スヴェルケルは船団を仕立てて旅に出た。
略奪行ではない。イエズスの教えは略奪を戒めていた。彼はこのイエズスという男の故郷を見に行ったのだ。
36
 聖地巡礼をし、ある程度の見聞を広める

旅から帰ってきたスヴェルケルは、この新しい教えもそう悪くないと思い始めていた。華美な典礼、神官たちの重々しい祈祷歌、壮麗な大神殿が彼を興奮させていた。

また彼は別のものも見てきた。
帝都ミクラガルズ、スミルナ、アンティオキア、シリアの商業都市……略奪にも商売にも出かけたことのある土地だが、彼はそれらの国々がただ豊かなだけでなく、キリスト教を柱として安定した社会を作り上げているのを見たのだ。

「なんと栄えていることか。俺の国とは全然違うな。こいつらに比べれば俺たちはたしかに蛮族だ。
よし、決めたぞ。ゆくゆくはこいつらのようになってやる。追いつき、追い越してやる。タンタルキャを大きな都にしてやる。見てろ」

32
 レヴァントで教育を受けた黒人宦官ヤマを家令として招聘
Untitled
 封建化を敢行(左→右)
 兵力は激減したがなんとか4施設の確保に成功

タンタルキャに帰ってすぐ、スヴェルケルは港と町の整備を命じた。今後は砦よりも町を大きく広げることに集中し、商業国に舵を切ろうというのだ。

また戦士たちに改宗を命じ、従った者には軍役のかわりに土地の支配を認めることにした。しかし、ヤルルの相次ぐ改宗に失望して北へ去ったノルド人は多く、半数の戦士だけがスヴェルケルのもとに残った。
05
 母アルフリズなど家族を中心に改宗が進む

またスヴェルケルは古来の分割継承をやめ、一族の合議で次の後継者を選ぶことにした。このやり方なら領地の分割を未然に防ぐことができるのだ。

族長たちはタンタルキャに集まり、スヴェルケルの長子『平たい顔のレフィル』を後継者に選んだ。父親のすべての領地は彼が継承する見込みだ。
39
 ビャルトラ家の系図
 叔父アルフ系列はリフランド方面を1領ずつ与える
 弟グンナルはルーシ反乱軍首領となっている

28
強大なカガン支配のもと、安定した小王国を築いたスヴェルケルにも心配事がひとつあった。弟グンナルのことだ。

ガルダリキの各地を転戦してマジャル人を襲っていた弟グンナルがルーシ王位を簒奪、ついにコーヌガルズ王国を再興したという。

ルーシの崩壊以来グンナルはスヴェルケルとはきわめて険悪な仲にあり、幾度か暗殺者を差し向けてきたこともあった。陰謀は未然に防がれたが、そのたびに加担した老人たちがくびり殺された。ノルド信仰を奉じて戦い続けるグンナルの支持者は宮廷内にも多いというわけだ。

スヴェルケルは思案した。
「弟との仲はもはや修復不可能だ。このまま置いておくにはあまりに危険だ。
一方、弟は王国の第三相続人に俺自身を指定している。うまくやれば王国を併呑できる。しかも、この方法なら同時にルーシ国王としてマジャルのくびきより独立できるのだ!」
 
彼はしばらく策を練ったあと、各地へ早馬を送った。

 「当該人について遺恨を持つ者の一覧を乞う……
  当該人について布教の障害と感じている司教の一覧を乞う……
  当該人について税負担の苦情を述べた商人の一覧を乞う……」

 

名称未設定5
しばらくたってカガン主宰の大きな巻狩りがあり、スヴェルケルはドナウ河畔に赴いた。
 
「しばらくだ、スヴェルケル」
「ご機嫌うるわしく、陛下」
「伝えておきたいことがある」
「なんでございましょう」
「独立、反乱、その他類すること決してまかりならぬ」
「なんと……」
「二度は言わぬ。余はそなたを無上の友と思うておる。その信頼を裏切ってくれるな。ところで余はこのたびルーシを我が版図に加えたいと思う。ついてはそなたを将の一人として軍勢を派遣したい。異存はあるまいな」

09
 こちらが陰謀の網を巡らせてやっと得られる戦果を
 カガンはたった一言の命令でさらいとった

こうして弟グンナルを暗殺してすべてを手に入れようというスヴェルケルのもくろみは崩れた。あくまでカガンのために、自分の弟と殺し合うために出征を迫られたのだ。
 
ホルムガルズなどガルダリキ北部のいくつかのノルド人勢力がグンナル側に援軍を送ったが、いくさの帰趨は最初から見えていた。
55
 再統合されつつあるマジャル
 大平原の『グルジュ王国』はカガン位を失った遊牧チャーシャール家

数年後、グンナルのコーヌガルズ王国はマジャル・カガン国に吸収された。グンナルは二人目のノルド人ヤルルとしてカガンに忠誠を誓うことになった。
41
 カガン臣下、ビャルトラ家のグンナル
 オーゼル島など2公位4伯領と勢力は保っているが
 キリスト教王のもとでどこまで粘れるか
 
15
 カガン臣下、ビャルトラ家のスヴェルケル
 いくさの流儀から無謀公と呼ばれた
 
兄に対するグンナルの恨みは深く、宴で隣り合うことになってもスヴェルケルとは一切視線を交わすこともなかったという。

11
最後のいくさから10年後、キリスト教徒の暦では948年。
スヴェルケルはその波乱に満ちた生涯を終えた。取り決め通り、『平たい顔のレフィル』が後を継いだ。