北から来た世継ぎ
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スヴェルケルの息子レフィルは信仰が深かった。
なかば異教徒だった祖父や父親と違って、基礎的な教義を理解し心の底からキリストを信じていた。

魂の復活について悩み、ノルド戦士ゆえに天の国ではなくヴァルハラに送られるのではないかと心配していた。
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彼はその一方でノルドの男らしく酒を愛した。開いた酒宴は数知れず、ともに飲み明かした酒豪は100名を超えたという。酒はとても強かったそうだ。
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 1005年、タンタルキャの北部領土リフランド

レフィルは成人するとすぐラーネの領主に任じられた。
しかしここはなかなか難しい土地だ。まず異教徒のエストニア人を治めなくてはならない。さらに父の代官として他の領主ににらみを効かせる必要がある。

ヤルルの直轄領だけで構成される南のタンタルキャに対し、北のリフランドはほぼ家臣領だ。北の経営にまで手の回らないビャルトラ家が、クニトリングやボルグといったノルド名家の次男三男を招いて領主につけた土地なのである。

そういうわけでリフランドの領主たちは自立心にあふれ、誇り高かった。北辺の卑しい生まれのビャルトラ家をないがしろにすることもよくあった。
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 conclaveDLCの新評議会システム
 拳マークは有力家臣を表す
 supportを要請したので4/5という強固な支持を得ている 

しかしレフィルは情に厚く、友人を大切にしたので、またたく間に領主たちの心をつかんだ。彼がヤルル位を継承して南へ旅立ったとき、領主たちはレフィルを国境まで送って別れを惜しんだという。
 
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 「赤い拳」は評議会に参加を拒まれた怒れる家臣を示す

もちろん例外もいた。
中リフランド領主スヴェルケルはたいそうレフィルと仲が悪かったが、偶然蛇に噛まれて死んだ。恐ろしいことだ……。
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新領主にはクニトリング家のハフリッドがついた。彼女はレフィルの最大の友人となり、治世を支えた。
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 宴で泥酔したところを助けられる
 こうやって家臣にfavorの借りができていくようだ

なお、レフィルはこのとき別れの宴で飲みすぎて昏倒、頭から床につっこんで流血する醜態をさらしている。これを助けたのは親戚のドルパット領主ムジェジュで、しばらくレフィルは彼に頭が上がらなかったという。
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レフィルの妃、ムンソ家のアストリッドは南へ来る前に亡くなっていた。レフィルは大変悲しんだが、おかげでリフランドを発って南のタンタルキャに来る決心がついたのかもしれない。

アストリッドが遺した双子のアルニとマリアはすくすくと育ち、レフィルの良き慰めとなった。またこの頃レフィルは再婚し、マジャル人の妃セニアを娶っている。
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 協調性重点教育のアルニだが少しわがままに育っている
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 エチケット教育にもかかわらず、
 マリアはアルニよりさらにお転婆だ……

スルタンの統治のもとで
南での生活は平和なものだった。
大平原のマジャル人遊牧民、黒海のギリシア人漁師、開墾地のノルド人農夫。

領民の民族や宗旨はさまざまだったが、彼らの間に争いはなかった。
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 寛容な名君、ドーリ家のルカーチ
 ジハードを通じて帝国を手に入れたが
 その統治下では諸宗教の融和(赤枠)が実現していた

というのも、スルタン・ルカーチが争いを望まなかったからだ。彼は啓典の民に寛容な君主として知られていた。

キリスト教徒に対する弾圧はなく、強制的に改宗させられた領主もいなかった。それで人々は安心し、国も栄えた。おそらくスルタンはセルクランドでの青春時代に多くを学んだのだろう。

レフィルはスルタンを個人的に尊敬していたので、彼の主宰するマジリス(評議会)へ参加したいと望むようになった。外交面では自信があったし、文字を読み書きできることはレフィルの誇りだった。

カールパート・スルタン国という新国家建設に参加できるなら、さらに大きな名誉がレフィルを包むだろう。
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 「レフィル殿の今後のご活躍をお祈り申し上げる」

しかし、スルタンはレフィルをそこまで高くは評価しなかったようだ。レフィルは生涯のあいだマジリス参加を3度要請したが、いずれも認められることはなかった。
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 スルタンのマジリス
 父スヴェルケルの親友だったルーシ王ドモトルは
 スルタンに大いに不満があるようだ

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いつまでも続くように思われた平和だが、思ったよりも早くいくさの影が濃くなってきた。主の1006年、スルタンはブルガリアを攻めるよう諸臣に言い渡したのだ。

スルタン国の領域はアールパード家領(ウンガルン王、ルーシ王)がほとんどで、スルタン自身の持つ領地はたったの3領。これを外征で増やしたいというわけだ。

しかし名目がいけなかった。
『あまねくアッラーの光がゆきわたるように、聖なる戦いをキリスト教徒に挑む』というのだ。黒海以北における第二のジハードである。

レフィルは動揺した。
キリスト教徒に対して刃を向けろというのか?
スルタンは心変わりし、寛容を捨てたのか?

この命令にはついていくことができない。レフィルは馬賊や無法者を集めて少数の部隊を編成し、これを戦線に派遣することでお茶を濁した。
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この時期、南のセルクランドではアッバース朝が反乱に苦しみ、またイフリーキーヤにフランク人が侵攻するなどイスラーム共同体は危機を迎えていた。

スルタン・ルカーチの聖戦もこうした情勢に呼応したものだった可能性がある。いずれにせよ、カールパート・スルタン国の短い夏は終わりを告げようとしていた。

いつか来るとは思っていた
開戦から2年が経った。
スルタンはブルガリア王相手に苦戦を強いられていた。

戦線はカールパート山脈を南北に揺れ動き、盗賊と脱走兵がスルタン軍を苦しめた。会戦のたび、その主力は誰の目にもあきらかなほど減っていった。

いま第三国に攻められてはひとたまりもない。
スルタン国のすべての領主がそう考えていた、その時。

主の1008年11月、東方皇帝ゼノビオスが聖戦を宣言した。
標的はタンタルキャ、ケルチ、テオドシアの3領。
そう、アゾフ海沿岸におけるビャルトラ家の直轄領である。
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 いつか来るとは思っていた……

キリスト教徒皇帝が、対ムスリム聖戦を口実として、ムスリムに仕えるキリスト教徒の領土を侵略すると宣言したのだ。この戦いのどこに大義があるというのか。
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 1008年11月29日、タンタルキャの戦い

レフィルはひるまなかった。
彼は迅速にマジャル騎兵とノルド歩兵を招集し、アゾフ海から上陸してきた帝国軍先遣隊を撃破した。世界最強の帝国軍に勝ったのだ!

皇帝の鷲旗を地に接吻させたノルド人はそうはいない。このレフィルのいさおしは、はるか北のスヴィドヨッドにまで伝えられ、今でも歌われている。
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「そなたの故郷をそなたへの贈り物としよう」

帝都ミクラガルズに構築された情報網によると、皇帝ゼノビオスをその妃ハッラがそそのかしたという可能性が強まってきた。

ビャルトラ家が出したノルド人の皇后は、タンタルキャのために骨を折るどころか、故郷を奪取するよう夫に勧めたのだ。女は婚家に入ると人が変わるというが、これは真実である。

初戦ではレフィルが勝利したものの、黒海を渡って続々と援軍が送り込まれてくる。
その数、優に25000。
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 まずい

「タンタルキャを永久に失うかもしれない」
いまここに、初めてレフィルの胸にどす黒い恐怖が湧き上がってきた。
 
レフィルは髪をかきむしり、兵を数え、その数がどうやっても2000を超えないことを知るとこう言った。

「ブルガリア戦線のスルタンにお伝えしろ。
『陛下にとって、タンタルキャが辺土にすぎないことはよくわかっている。この戦に負けても、あなたは一人のキリスト教領主を失うだけだ。

だがもし援軍を派遣してくれるなら、あなたは死ぬまで忠誠を尽くす一人の家臣を得るだろう』と」

翌朝、早馬は帝国軍の宿営を避けて、誰もいない大平原をひたすら西へ駆けていった。

サルパへの退却
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スルタンの援軍は来なかった。
すでにこの時点でレフィルはタンタルキャ領が実質的に失われたことを知った。何もできることはなかった。

だが1900人のノルド戦士だけは失うわけにいかない。レフィルは戦士団を率いて内陸のサルパ領へ後退することにした。避難民の長い列が大平原に続いた。

上陸してきた帝国軍は何の抵抗も受けずにタンタルキャを占領した。このとき避難に失敗した妃セニアとその子供たちが帝国軍に囚われてしまった! 

領国ばかりか家族も守れなかった。
その知らせを聞いてレフィルは憔悴した。どうにかできないか。しかしスルタン軍はいまだカールパート山脈でブルガリア軍と殴り合っている。
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 1009年8月、援軍が来た
 レフィルの軍は右端サルパ領に退却している

ようやくスルタン軍主力が姿を見せたのは、侵略が始まって9ヶ月が経ってからのことだった。しかしスルタン軍は山岳地の厳しい戦いで疲弊しており、その数は8500を数えるにすぎない。
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 1009年8月16日、ダンパル河口の戦い
 
8月16日、マジャル人遊牧民・ポラーン人で構成されたスルタン軍8500と帝国軍18000がダンパル河口で激突した。戦闘はその日の午後には終わった。

あまりにも一方的な戦いだった。スルタン軍で生きて帰る者は少なく、平原は血で赤く染まったという。

この場にレフィルがいなかったことを責める者もいる。だがレフィルはスルタンに忠義を尽くすことより、ノルド人戦士団を温存することを選んだ。この決断は後になって効いてくる。
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戦争は終わった。
巨大な力に押しつぶされるようにして、タンタルキャは帝国に編入された。避難しなかったノルド人は虐殺されるか、奴隷に売られた。

皇帝はノルド人の作った木の町を焼き、長い船を焼き、ルーン石碑を引き抜いて倒した。彼らは港にギリシア語の名前をつけ、ギリシア人の軍政官が帝都から到着した。

わずかな伝説と語彙のほか、ここにノルド人たちが生きていた証拠はなにもなくなり、3年もしないうちにここはギリシアの小さな町となった。
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帝国にとっては北辺の国境線のわずかな移動にすぎない。だがビャルトラ家にとっては、6世代にわたって開拓してきた土地を失ったことになるのだ。
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ガルダリキ、黒海、地中海、そしてカスピ海……。各地への華々しい遠征と商業航海はいったい何のためだったのか?

富を投資した土地はすべて失われた。
先祖たちの夢も苦労も無に帰した。
とてつもない絶望感がレフィルの心を満たした。

いまやレフィルには大平原の小さな町サルパと北辺のリフランドしか残されていない。しかも直轄領はサルパだけなのだ。いったいこれからどうすればいいのだろう?

だがサルパで冬を越すうちにレフィルは絶望から立ち直り、いくつかの計画を頭の中で組み立てていった。