サルパでの評定
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その年の春、サルパの隊商宿で今後の方針を決める評定が開かれた。

ベランダに面した、乾いた風の吹き込む部屋。
東方の美しいタペストリーが部屋の壁を覆っている。
 
ビャルトラ家の家臣たちはみな真剣な表情だ。もう彼らには後がない。封臣たちは北のリフランドにいるので、ここにいるのは直参の家臣だけである。
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まず戦士団の長カーレプが発言した。彼はエストニア人で、レフィルがラーネ領主だったころから付き従ってきた忠臣である。
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「北遷をすすめます。リフランド領を領主たちから召し上げ、あなたの直轄領を増やすのです」
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「彼らは私の古い友人だぞ……」
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「怒らずに聞いていただきたい。いまレフィル殿の直轄地はサルパ領のみです。サルパから期待できる兵数は?」
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「マジャル騎兵80だ」
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「少ないですな」
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「わかっている」
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「対して領主たちの兵数は合わせて1400」
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「それも知っている」
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「このサルパを根拠地にするわけにはいきません。タンタルキャを失ったいま、収入でも兵数でも領地の重心は圧倒的に北に傾いている。あなたはリフランドに直轄領を必要としているのです。さきに温存されたノルド戦士団1900でリフランドを制圧すべきです」
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「だがそれには評議会での法改正が必要だ。いまのビャルトラ家の家法はヤルルによる領地の剥奪を認めていない」
アルヴァ・ヴァラ家のホルムゲルが発言した。彼はビャルトラ家の家令を長く務めており、ノルド人の慣習法には一家言ある。
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「評議会ならここでいま開いているではないか」
レフィルが言うと、ホルムゲルは首をふった。
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 評議会開催は翌年の5月まで待たねばならない
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「領主たちが出席の上で決めたことでなければ何の意味も持ちませぬ。だがこれについては策があります。北遷についてはわたしも賛成です」
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「では、そのようにしよう。ほかにできることはないか?」
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「選挙法継承に法改正しましょう。いまビャルトラ家は分割継承になっていますが、選挙法にすることで長子アルニ殿がタンタルキャ公位とリフランド公位を集中継承することができます」
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 現状ではアルニは分割継承でリフランド領をまるまる取りこぼすことになる
 そのかわり……
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「カーレプ、大事なことを忘れていないか? アルニ殿はウプランドのお世継ぎでもあるのだぞ」

そう、アルニはムンソ家のウルフの孫であり、ウプランド領の第一継承者でもあったのだ。ここにきて先の妃アストリッドの血が効いてきたのである。
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 ウプサラのヤルル、公正なるウルフ
 継承者に注目
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「ウルフの死後、スヴィドヨッド王国に属するウプランド2領がアルニ殿のものとなる。そして彼はスヴィドヨッド王の家臣となる。ここまではいいかね?」
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「ああ」
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「いつかアルニ殿がレフィル殿を継がれるとき、彼は外国人としてその遺領を受け取ろうとする。しかしカーレプの言うように選挙法継承にしてしまっては、国外の嗣子が選挙できわめて不利になる」
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「なるほど、つまり 
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選挙法継承にしてウプランドを失うか、
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あるいは分割継承のままにしてリフランドを失うかということだな、カーレプ?」
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「その通りです、レフィル殿」

レフィルはしばらく考えていたが、こう言った。
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「分割継承のままにして、アルニにウプランドを継がせよう。そして私はタンタルキャのヤルル位を捨て、リフランドのヤルルを名乗ろう。
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こうすることでアルニはウプランドとリフランドを集中継承できる。実態のないタンタルキャ公位は次男アルンビョルンに与えるか、あるいは破棄すればよい。どうかね、ホルムゲル」
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「なるほど、それは見事な解決策です」
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「実を言うと、私はもうスルタン国にはうんざりしているんだ。キリスト教徒でありながら聖戦で領土を奪われるのはもう耐えられない。 
だからアルニにはスヴィドヨッド王臣として生きてほしい。スルタン国を離脱して、キリスト教徒として晴れ晴れと生きてほしいのだ」

彼らはキリスト教徒でありながら、信仰の敵としていくさに負けたのだ。死んだ戦友、焼かれた町、さらわれた女たちのことを思い、一同はただ黙り込んだ。平原の風が吹き込んできて、タペストリーを揺らした。
 
北遷
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サルパから大平原を越えてコーヌガルズへ、コーヌガルズからスマレスキャへ、スマレスキャからリフランドへ……。
 
馬賊の襲撃、嵐、渡河、森の中をゆくノルド人たち。
生き残った1900人を率いて広大なガルダリキを北上するレフィルの北遷はそれ自体でひとつの歌になっている。
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レフィルはコーヌガルズで妻セニアと再会した。皇帝に金貨を支払ってようやく請け出すことができたのだ。だが同行していた三男スヴェルケルは目をえぐられていた。
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弟キャルタンの妻イレンもまた目をえぐられ、レフィルのもとに送られてきた。彼女はルーシ王ドモトルの妹でもあったので、アールパード家に対する威圧の意図があったのかもしれない。

レフィルは彼らを見て激怒した。
皇帝ゼノビオス、その妃ハッラに対する復讐を誓った。

だが彼にそれを行う力はない。馬賊に追われながら北へ逃げるだけだ。将来の世代がその復讐を実行できるかもしれない。しかし今はなにもできないのだ……。
 
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リフランドの国境でレフィルを待っていたのは友人ハフリッド・クニトリングだった。

ハフリッドは失意のレフィルを暖かく迎えた。
「わたしを領主につけてくれた恩は忘れていない。宴を開いてそなたの兵をねぎらおう。よく休まれるがよい」
「ありがたい、ハフリッド。だがあまり休んでもいられないのだ。実は……」
そう言ってレフィルは自分の北遷の目的を話した。

「そうか……。リフランドに波風が立つのは望まないが、兵が必要なら貸そう。そなたを助けるのが我が務め。家臣として、また友人としてもな」
「かたじけない」

レフィルはハフリッドに深く感謝し、運んできたディルハム銀貨を逗留の代金として支払った。そこでハフリッドは近隣の村々に使いを送り、宴の準備をさせた。

その晩、レフィルは寝台から起き上がると剣を取り、客人用の天幕を出た。戦士たちが一人、また一人とレフィルに加わり、あわせて50名ほどになった。

レフィルの戦士たちは館の門を押し破り、中に入った。彼らは行きあう者すべてを無言で刺し貫いた。館に火が放たれ、馬たちが騒ぎだした。レフィルは戦士たちにハフリッドを探させた。ハフリッドは騒ぎに気付いて館を逃れ、築山の上の小さな砦に避難していた。
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ハフリッドは砦からこう叫んだ。
「レフィル、なぜだ! なぜわたしを裏切った! わたしが女だからおめおめと領地を渡すとでも思っているのか」

レフィルは答えた。
「ハフリッド、弁解するつもりはない。そなたの夫と子供はウンガルン王臣であり、このままでは中リフランドはビャルトラ家の支配から離脱する。いつかは召し上げるつもりだったのだ。

それにリフランド5領のうち、ここ中リフランドは兵900を供出する最大の領地。なんとしても奪っておきたい土地だ。そこを親友が領しているのは不幸だった」

「兵を下げよ、わが友情にかけて!」
「わたしにはもう後がないのだ、ハフリッド。死んでも下がるつもりはない」
「ではキリストの雷鳴に打たれて死ぬがよい! いまここで!」

よく知られた言い伝えでは、そうハフリッドが言って十字を切った瞬間、黒くたちこめた雲のなかから雷鳴がとどろき、レフィルの脳天を貫いたといわれている。

また別の話ではレフィルは胸を押さえて倒れたと言われている。心労と長期の行軍が彼の体をむしばんでいたのだという者もいる。
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 ウプサラのウルフより先にレフィルが死んでしまったので、アルニのスヴィドヨッド王臣化計画は御破算になった
 また第二称号タンタルキャ公を破棄する前に死なれたのも誤算だった

いずれにせよ、ビャルトラ家のレフィルは死んだ。まだ36歳だった。少年アルニがヤルル位を継ぎ、家令のホルムゲルが摂政となった。ホルムゲルの指揮のもと中リフランドは征服された。

ホルムゲルは残るリフランドの領主たちに使いを送り、剣か服従かを選ばせた。彼の率いるノルド戦士団1900を恐れ、領主たちの評議会はこの簒奪を「是」とした。こうしてヤルルによる領地の剥奪は正当化された。
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ハフリッド・クニトリングはウンガルンに追放された。彼女はその後の生涯をかけてビャルトラ家を憎悪したという。