<前回までのあらすじ>
リフランド、リトアニア、ルーシの三国同盟体制はうまくいっていた。そしてその紐帯をより確かなものとするため、ビャルトラ家はルーシ大公国に参加することになったが……。

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大平原に冬の風が吹き渡っている。
小アルニは外套で体を覆い直すと、馬の鞍の上に立ち上がった。

はるかな丘陵の陰にうごめいているものがある。時間が経つにつれ、それがアルニの待ち望んでいたグルジュ・カガン国の隊商であることが知れた。小アルニは片手をあげ、ノルド人とマジャル人で混成された自分の隊商を整列させる。

「禁制品の受け渡しに平原のどまんなかを選ぶとは、アルニ殿らしいですな」
「わたしは一族から『平原の子』と呼ばれていてね。祖父に似たかな。領国のリフランドにいるよりずっと気が安まるんだ」
相手方の商人は苦笑し、この頑健なノルド人と抱擁しあった。彼らはいつでも大変満足のいく取引を行うのだ。

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アルニの子エイナルはリフランドのヤルルとなって5年で死んでしまった。
優れた人となりで、ビャルトラ家を背負って立つものと期待されていただけに、彼の死は人々に衝撃を与えた。
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 なんということだ 

1066年、あとを継いだ長子の小アルニは父親のためにルーン石碑を建てた。そしてみずからをヤルルではなく公(コヌング)と号した。スラブ人であれ、マジャル人であれ、ルーシの貴族達はみなそうしていたからである。
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 左上の黄色はビャルトラ家の本領地リフランド
 右下のサルパは大平原の飛び地である

小アルニは若いころから父エイナルに大平原のサルパ領をまかされた。彼は当地によく馴染み、遊牧マジャルとの付き合いを通して彼らの流儀を学んだ。
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父ほど秀でた人物というわけではなかったにせよ、小アルニは努力し、交易路の管理を通して財貨の扱いに明るくなった。また馬賊との戦いで多くを学び、とくに冬季戦について右に出る者はいなかったという。
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アルニの妃はエヴァといった。
アールパード旧王家の出で、サルパ領に近いブリャンスクの女領主だった。エヴァは賢かった。ことによると賢すぎたかもしれないが、彼女についての挿話は特に伝わってはいない。

ブリャンスクはリフランドとサルパを結ぶ線上にある。
アルニの父エイナルはこの縁組を通してドン河河畔に領地を増やし、ルーシ王権下での平原再進出を狙っていたものと思われる。

だが二人には子供が生まれなかった。
よってアルニはブリャンスクの継承に失敗した。
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 深い抑鬱状態
 アルニはこの継承の失敗をたいへん気に病んでいたようだ
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それでもビャルトラ家の次期家長は決めなくてはいけない。そこでタルトゥのイルヴァが指名された。
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イルヴァは盲目のスヴェルケルの娘。アルニにとっては祖父の弟の娘ということになる。せめて彼女がたくさんの子を産み、ビャルトラの血族が栄えてくれればいいのだが……。

またまた新たな帝国
さて、アルニが南の大平原へ出かけていたのは禁制品のためだけではなかった。

そのころ黄金の三国同盟の時代は終わりを告げていた。スラブ人、ノルド人、マジャル人の混住するルーシは争いが絶えず、周辺の国々は舌なめずりしてこの大公国を狙っていた。
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なかでももっとも危険なのがグルジュ・カガン国だ。
これは正教を奉じる遊牧マジャル人の帝国で、カールパート、ウンガルン、ルーシの3定住マジャル国家を産んだ母体である。近頃マーチャーシュという部族長が力をつけてきており、アルニは彼と彼の軍勢についての情報を求めていたのだ。

うわさでは戦が近いという。
ルーシが動員できるのはせいぜい4000人、グルジュのカガンはその倍の軍勢を用意できる。アルニはよくよく考えて、ルーシ大公からの招集があっても応えないことにした。戦場は平原、敵は遊牧民、数は2倍ときて勝てるはずがないからだ。

うわさは真実となった。
主の1081年、マーチャーシュはルーシ侵攻を命じ、遊牧マジャルたちは雲霞のごとくルーシの定住地を襲ったのである。数々の都市が焼かれ、数万におよぶスラブ人、定住マジャル人が殺された。
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 アルニにはアルニの戦いがある
 盟邦リトアニアを助けてポラーン人と戦っていた

アルニは兵を招集したがバルト海沿岸に張りついていた。
戦に負けたとて、主が変わるだけだ。変に義理立てして戦士たちを失う必要はない。
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 1081年、大グルジュの成立

こうしてグルジュ・カガン国のマーチャーシュによってルーシ大公国は併呑され、ガルダリキはふたたび遊牧マジャルの支配下となった。

同じ時期、ウンガルン王国はついにカールパート・スルタン国から独立。カールパートはわずか6プロヴィンスの小領に転落している。
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主の1087年、マーチャーシュはスグロフに宮廷を移し、大グルジュの西半分にあらたな正教カガン国の成立を宣言した。版図はほぼ旧ルーシにひとしい。

アルニも招集されて宮廷へ向かったが、スグロフはうらさびしい平原の小さな町にすぎなかった。むしろ目を引くのは町の前面に張られた巨大な宿営地で、ここにマーチャーシュはマジャル人たちを率いて住んでいるのだった。
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マーチャーシュはキリストの名のもとにアルニに忠誠を求めた。アルニは従ったが、本心ではまったくそんなつもりはなかった。

大平原の東からやってきてガルダリキに定住し、次々と妙な名前の帝国を作っていく遊牧民たちに、アルニはうんざりしていたのである。
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 ルーシ大公イヴァン
 フンザハルは家名はマジャルだがスラブ化している

この思いはアルニの直接の主君、ルーシ大公イヴァンも同じだったようだ。
「フンザハル家がスグロフ・カガンの支配をくつがえす時がくれば、ビャルトラ家も協力する」
こんな密約が二人のあいだに交わされたという話も残っている。
 
北方聖戦
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アルニは大平原に出ていることが多かったが、定期的にリフランドへ帰って施政をとった。そうすると当地のいろいろな噂が入ってくる。このたびの噂は、かつてガルダリキに覇をとなえたカールパート・スルタン国がきわめて弱体化しているというものだった。

こぼれ落ちる葡萄の房があるなら、それをすくわなければならない。アルニは軍勢を招集し、隣国のカールパート領クルゼメに押し入った。
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 1098年5月2日 北方聖戦、クルゼメの戦い

いくさは上首尾に終わり、アルニはリフランドにクルゼメを加えた。
ムスリムたちはよく戦ったので、アルニは捕らえた者たちをみな解放した。
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 領地残り2プロヴィンスとなったスルタン・ソーマ3世
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「北方聖戦」はきわめて小さな局地戦だったので歴史の教科書には載っていない。しかしカールパート・スルタン国というかつての覇権国家の終焉を決定づけた重要な戦争だったといえる。
 
継承
タルトゥのイルヴァはすでに1082年に死に、はとこのソルドが後を継いでいた。アルニが死ねば、ビャルトラ家の継承は盲目のスヴェルケルの家系に切り替わることになる。
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しかしこのソルド、あまり頭がよくなかった。それにもめごとをしょっちゅう起こす。怠惰で、傲慢で、酷薄で、貪欲な男だ。

なにもとりえがないのに評議会へ入れろと騒ぎ、それが容れられないとなるとむくれかえって領国にひきこもる。アルニにとっては頭の痛い家臣であり、後継者だった。

自分がそうであったように大平原を経験すれば少しは育つかと思ってサルパ領を与えたものの、まるで成長は見られない。

「このような男にビャルトラ家を任せていいものだろうか……」
アルニは悩み、あまりの心労に食も細くなった。そしてそのまま死んだ。ノルドの男にあるまじき死に方に、ビャルトラ家の人々はざわついた。そしてそこへ意気揚々と、タルトゥのソルドが乗り込んできた。
00
「やあやあ本家のみなさん! いやこれからは俺を本家と呼ぶことになる。さんざん待たされたがようやく俺の出番というわけだ!」
これからビャルトラ家はどうなってしまうのだろうか……。


次回、愚かなるソルド