<前回までのあらすじ>
愚かな当主の手によってビャルトラ家領は混乱の巷に陥った。領地は減り、当主は牢獄に入れられたまま死んだ。次の代は先代の轍は踏まないであろう……。
 
リフランド公ダグ
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今年に入って何度目の雪だろうか。
ダグは新雪を踏みしめながらレミセレ城の中庭を横切った。城の宝物庫へ向かうと、長持を開けさせて皇帝の横顔が刻印されたベザント貨の数を数える。

やらなければいけないことがたくさんある。
隊商への支払い、兵士の徴募、馬のまぐさの購入、それから、それから……。

公になってからもベザント貨の数を数えるのだけはやめられない。富をこの手に感じられる楽しい時間だ。ダグはルーシの公たちのあいだで自分が『ケチな出納人』と呼ばれていることを思い出し、微笑んだ。
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 グズフリズの子ダグ、リフランド公

ダグは大叔父にあたるソルドからリフランド公位を受け取った。物心ついたころにはすでにソルドは大公の牢獄に囚われていたので、二人が会ったことはない。

ダグは領国の統治に長けていた。そこを見込まれて22歳にしてイヴァン大公の宮宰に任じられたほどだ。
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 大公イヴァンとの関係はそこそこ良好
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ダグはリフランド公としても、ルーシ大公の宮宰としても善政をおこなった。その統治のあいだ領国は富み栄えた。
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 ウェセンベルのグズムンド
 ダグの祐筆

「内のことはわたくしが預かり申した。ご心配なく外征におもむかれよ」

たしかに領国はこれまでになく安定している。忠臣グズムンドの進言を入れてダグは軍勢をそろえ、手近な異教徒を征服することにした。
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 混住する諸民族

北ルーシにはさまざまな民族が入り乱れて住んでいる。スラブ人、マジャル人、エストニア人、リトアニア人……。このうちスラブ人だけがまだノルドの古き教えに従い、神々に生け贄を捧げて暮らしていた。

ヴォルホフ川の向かいにはスラブ人の古都であるノヴゴロドがある。少し前まではホルムガルズと呼ばれていた都市だが、もうその名で呼ぶ者は少ない。ダグはここを取る事に決めた。
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主の1132年、ダグは軍勢を率いてノヴゴロドへ進撃。これをわがものとした。

「ヴォルホフの流れよ。静けきイルメンの湖よ。古きルーシの都がいまやビャルトラ家のものとなったのだ」
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 サンティアゴ騎士団長 ポワトゥーのティボー

このいくさではサンティアゴ騎士団の援助を乞うた。
というのも、カラトラバやサンティアゴはヒスパニアを追い出されて各地を放浪していたからだ。このときちょうどバルト海岸にサンティアゴ騎士たちが集まっていたのが幸いだった。

ダグはティボーに厚く礼を言った。
「祖国を奪還する戦いのときはぜひ一言かけてくだされ。ノルド重歩兵を率いて馳せ参じますぞ!」
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 ヒスパニア、フランスの諸騎士団はクート朝に祖国を追われ、他のキリスト教諸国に散っている
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 この後まもなくクート朝は崩壊し、レオ7世教皇によりフランス奪回十字軍が号令された。しかし北辺の公領には関係のないことだ

内政
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主の1138年、ダグに悩み事が持ち上がった。息子の教育のことだ。

後継者と定めていた長男のグズフリズだが、妻イングリッドの影響でノルド人というよりはマジャル人のように育ってしまったのだ。
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しかもグズフリズは出家して祈りの道を歩みたいと言い出した。こうなっては彼への継承をあきらめるほかはなかった。特別目をかけて育てていた息子だけに、ダグの心は重く沈んだ。
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驚いたことに、このあとグズフリズはカラトラバ騎士団に入団した。ノヴゴロド戦役のサンティアゴ騎士たちを見て、修道騎士に憧れていたのだと後から聞いた。騎士団を呼ぶのも考えものだ……。
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さてこうなると後継者を再考しなければならない。
次男モーリスもまたマジャル風に育ち、しかも非嫡出子なので後継者としては弱い。そうすると順番としては3男のヒシングということになる。

領国が増えてきたビャルトラ家においては統治力の重要性が今まで以上に増している。ダグはヒシングを手ずから育て、領国経営を一から教え込むことにした。
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 統治力+
 いまや6領の直接支配が可能に

主の1140年、ダグのケチぶりはルーシの全土に知れ渡るまでになっていた。彼がそうまでして倹約していたのはなぜだろうか?
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「リフランドに2つめの城を建てるのだ」
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 首都holding レミセレ

もともと宮廷のある州は収入も兵数も大きい。宮廷州に複数の城を持つことで、さらなる収入と兵数の増加を期待できる。

だが、普通の君主が城を持ちすぎるとほかの州を手放さなければならない。多くの蓄財も必要だ。新しい城の建設は、ダグのように統治がたくみな当主にしかできない大事業だった。
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あたらしい城はイクスキラと名付けられた。この城が完成したあかつきには、ダグはあわせて4000の兵を率いることができるようになるだろう。ちょっとした王国並みの動員力である。

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主の1142年、北ルーシに新たな勢力が登場した。
ときのデンマーク王がドイツ騎士団にオネガ湖南岸を与えたのである。
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ドイツ騎士団は設立されたばかりの騎士修道会で、本部はクリミアにあり、おもに黒海北岸と大平原における対異教戦闘を担当していた。
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しかしデンマーク王に招かれて、デンマークが切り取った北ルーシの統治を任された。そうして一挙に4つもの領地をオネガ湖南岸に得たのである。

リフランドはノヴゴロドでドイツ騎士団領と接することになる。リフランドも異教圏に脅かされているので心強いといえば心強いが、このまま拡張していけば将来の脅威となるのではないか? 北ルーシの情勢は予断を許さない。

ゼムガレ戦争
主の1145年、かねてから請求権を主張していた隣国ゼムガレ領の領主が幼君に変わったのをみはからって、ダグは宣戦を布告した。同じルーシ大公国内の戦争だったが、気にするものはいまい。
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 1147年1月17日、クルゼメの戦い

リフランド軍は快調に進撃し、ゼムガレを占領。こうしてビャルトラ家はバルト沿岸からノヴゴロドまでの地域をがっちり支配することになった。
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 イングリアは祐筆のウェセンベル家に、ノヴゴロドはホルミング家に委任
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この鮮やかな戦勝は各地に知られ、いまやダグは『大胆公』として知られるようになった。同時に『金儲けの達人』というありがたいようなありがたくないような呼び名も得たのである。

主の1150年、ふたたび息子の悩みがダグを襲った。
今度は3男ヒシングのことだ。
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 赤線部をよく読んでいなかった
 
彼は父と同じく大変な野心家になっていた。それはいいのだが、どこでどう育て方を間違えたのか、ヒシングは父親を強く敵視するようになってしまった。ダグは頭を抱えた。
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 成人したヒシング
 『醜い』がついた以外はまずまず
 相続する領国が多いので管理値を増やしていきたい

さてヒシングのために妃を迎えなければならない。
ダグは悩みに悩んだ末、帝国の皇女をお迎えすることにした。

皇女がヴァリャーグの公子に嫁ぐ?
突拍子もない計画に聞こえるかもしれない。
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 コムネノス・ドゥーカス家の皇女 エウフラシア姫

しかしプロコピオス2世皇帝の治世下、正教への改宗を条件とした皇女の降嫁がさかんに行われており、またリフランド公領の規模からいっても不自然な縁組ではなかった。(またビャルトラ家は過去に皇妃を出した家でもあった!)

正教への改宗についても、君主であるスグロフのカガン、直上の君主であるルーシ大公が正教徒である以上、改宗するのが当然のように思われたのである。

こうして降嫁の手はずは整えられ、ビャルトラ家はエウフラシア姫の成人を待つことになった。


この頃、さまざまなものが移り変わり、これまでの慣習がすたれるということがあった。ホルムガルズをノヴゴロドと呼ぶようになったのがそうであるし、またスヴィドヨッドのことをスヴェリエと呼ぶようにもなった。
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ビャルトラ家がリフランドを領するようになってからいつしか100年が過ぎ、リフランドはルーシ大公国の一部とみなされるようになった。時が流れるのは思ったよりも速いものだ。
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ビャルトラ家領ではもはやルーン石碑を建てる者はいなくなった。異教的であるということもあるし、なによりもっと簡単に羊皮紙に文字を記して残すことができるようになったからだ。

かつて家系の誇りをもって建てられたルーン石碑の彩色は薄れ、苔が表面を覆ってゆく……。それはひとつの時代の終わりを物語るかのようだった。