<前回までのあらすじ>
ついに到来したタタール人との戦い。ヒシングは寡兵をもってよく戦い、タタールの西進を食い止めるのに微力ながら貢献した。長子アルフゲイルがヒシングの後を継いだ。

アルフゲイルのこと
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アルフゲイルはたった4年しかリフランドを統治しなかった。だがその4年のあいだに、ビャルトラ家の大いなる痛恨の種がまかれたのである。
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アルフゲイルの妃エリサベトはきわめて賢く、その知恵の深さはかの賢女エステルにも匹敵すると評判だった。

だがエリサベトは子を産まなかった。
5年がすぎ、10年がすぎ、アルフゲイルはもはや男子を望めないことを知った。
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 アルングリムをヒシングの長男と記す記録もあるが、この家系図が正しい

そこでアルフゲイルはいとこアルングリムの子バリドに公位を託すことにした。バリドは先に述べたようにスラブの習俗に染まっており、そこを嫌われて継承を外された過去を持つ。しかしここにきて、また順番が回ってきたというわけだ。
05
だがこの継承には反対が多かった。
特にビャルトラ家の家令をつとめるナルヴァのトリグヴェはノルドの習俗を持つものに継承させるべきだと強く主張した。
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アルフゲイルとトリグヴェはこのほかのことでも対立があった。公領の地租、犯罪者の取り扱い、娘の嫁入り先……。ときにはつかみあいの喧嘩になることもあったという。
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しかしこの2人は固い友情で結ばれていた。レミセレ城の緑の庭で走り回っていたときから、2人は幾度となく喧嘩し、そしてお互いを許しあってきたのだ。

ある日、妃エリサベトがアルフゲイルを呼んで言った。
「トリグヴェについてのうわさを聞いてる?」
「知らぬ、言ってみよ」
「あなたは諸侯の支持を失ってる。諸侯があたらしいリフランド公にと考えてるのはバリドじゃない。ビャルトラ家の者ですらない。彼らが推してるのはトリグヴェよ」
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うわさは本当だった。
トリグヴェ自身を含む3人の伯が彼をリフランド公に推し、バリドは2番手だ。

もしこのまま進めばどうなるか。
ビャルトラ家はリフランド公位を失う。リフランドとクールランドの2つの公位を保有しているので伯への降格は避けられるが、リフランドは一族が営々と築き上げてきた公位。手放すことなど考えられはしない。

「それだけじゃない。このままではトリグヴェがビャルトラ家から領地の半分を持っていってしまうわ。あなたに何ができるか、一度よく考えてみて」
03
 友人にして最大の脅威、ナルヴァのトリグヴェ

アルフゲイルはトリグヴェに直談判もした。
だがトリグヴェは引かない。バリドを公位につけるくらいなら、自分のほうがふさわしいというのだ。実際、彼はビャルトラ家の誰よりも公にふさわしい人物だった。

こうなってはどうしようもない。
アルフゲイルは密偵長を呼び、トリグヴェを公選挙から強制的に排除できないか調査させた。
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 最終手段

計画に賛成するものが9名。そのほか、金を渡して転びそうなものが4名。十分に暗殺計画は実行できる。

しかしここでアルフゲイルは迷った。
親友を暗殺するのが公の務めだろうか?

トリグヴェはきわめて有用な人材でもある。
殺すにはしのびない。
もっとほかに道があるのでは?

たとえば……そう、妾をとって直系男子を作るとか、あるいは諸侯に金をばらまいてバリドへの支持を集めるとか。なにかやれることがあるはずだ。

主の1260年春、ついに結論はくだされた。
しかしそれはアルフゲイル自身が下したものではなかった。彼に寿命がきたのだ。まだ44歳だった。
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 やってしまった
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 直轄地6+臣下伯領1(白枠)は保持したものの……

法にのっとって諸侯のあいだで選挙が行われ、リフランド公位はトリグヴェに、クールランド公位はバリドに与えられることが粛々と決まった。こうしてビャルトラ家は営々と築き上げてきた領地の半分を失い、またリフランドの黒十字をも失ってしまったのである。

すべて、アルフゲイルの逡巡のせいだ。死者を悪くいう者はいなかったが、人々が彼のことを話すときには「過てるアルフゲイル」と呼ぶようになった。

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 参考)1264年のルーシとその周辺
 ありがたいことにモンゴルはほとんど動きがない

バリドのこと
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 クールラント公バリド
 ビャルトラ家初のスラブ文化


バリドは強健にして慈しみ深く、気前のいい男だった。ただ少し、疑り深かった。
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食事に毒がもられているのではないかと始終疑うのが彼のくせだった。クールラント公に選出された経緯から、まったく家臣を信じていなかったのである。
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彼の疑いは息子にも向けられていた。
スラブではなくノルドの習俗に戻った息子ヴァシリイが、ノルド諸侯の支持を得て父親を殺そうとしているのではないかと恐れていた。
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 クルゼメ伯レフル
 トリグヴェについて出て行かず、バリドについた唯一の伯
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彼は外交でも過ちをおかした。
主の1268年、唯一の封臣であるクルゼメ伯レフルの願いをいれて、リトアニアのジェマイティヤ領へと侵攻したのである。
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バリドにとっては国境沿いの小競り合いにすぎなかった。だがリトアニア王が乗り出してくると話は変わってくる。
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バリドは最初の会戦で敗北した。
そればかりか頭部への打撃により落馬し、前後不覚の状態となってレミセレ城に運ばれてきたのである。

諸侯たちによる評議会はノミスマ貨500包という莫大な賠償金を払ってこの戦争を終わらせた。賠償金による公領への打撃は大きく、このあと10余年にわたってクールランド公領では野盗の跳梁に悩まされることになる。
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不祥事はそれにとどまらない。
妃インギビョルグがバリドを殺そうと画策し、計画が明るみに出ると領国を出奔。遠いカレリアの地にまで逃げてしまった。

もうこうなっては、公領の人々の思いはひとつだった。
「いっそバリドが死んでくれたら……」
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そんな人々の願いを感じたのか、バリドはついに病床から起き上がり、口をきいた!
つくづく面倒な男である。
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人々の期待に反してバリドはめきめきと健康になってゆき、軍の指揮をとれるまでになった。だがさすがの彼もリトアニア王との戦いで懲りたのか、実際の戦争に手を出すことはなかった。当人はトリグヴェからリフランド公位を剥ぎ取りたかったそうだが……。
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さて評議会では継承について議論が行われていた。
残念ながら、バリドの息子ワシリイはあまり有能には育たなかった。本人も公位をつぐということには興味がなかったようだ。
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それで甥のアーレに白羽の矢がたった。
妾の子だが、若くしてヴィテフスク領を与えられてこれをよく治め、一を聞いて十を知るというふうに頭もいい。それになにより男前だった。

「甥よ。俺の後を継ぐということで面倒をかけるが、やってくれるか」
バリドがそう聞くと、アーレは溌剌として答えた。
「おまかせください。ビャルトラ家に昔日の栄光を取り戻してみせましょう」
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このころ、バリドは何度かの暗殺の危機をかいくぐっている。誰がそれを命じたのはわからなかった。なにしろバリドには敵が多い。

しかしついにある日……。
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 ドーーーーーン

バリドは巡察の途中、立ち寄った宿屋で爆死した。あきらかに誰かの手によるものだったが、評議会は沈黙をつらぬいた。案外、高位の者による犯行だったのかもしれない。真相はあきらかにならず、人々はほっと胸をなでおろした。
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こうして主の1279年、人々に疎んじられたバリドは帰天し、甥のアーレがクールランドを継いだ。


次回、狩猟者アーレ