<前回までのあらすじ>
リフランド公アルフゲイルは友人を殺すことができず、そのせいで領国の半分を失ってしまった。彼の後を継いだバリドはひたすら人を疑い続け、戦に倒れ、狂い、人々に疎んじられた。
 
名称未設定
森の中をかすかな風が吹き抜ける。
アーレは身動きもせず、弓に矢をつがえたまま立っている。

猟犬の吠えるのが聞こえる。
次の瞬間、藪から黒く大きなものが飛び出した。
それはアーレの方へ向かって走ってくる。

アーレは弓を引き絞り、矢を放つ。
それはアーレをかすめてすれ違ったが、しばらく走ったあとで、どうと倒れた。
 
とても大きな猪だった。
追ってきた猟犬が歓喜の鳴き声をあげている。
アーレの猟は今度もまた上首尾に終わった。
57
ビャルトラ家のアーレは狩りを好んだ。よくレミセレ城の近くの森に出かけては、みごと獲物を仕留めて帰ってきた。わずか16歳でクールラント公位を継いだあともこの習慣は変わらなかったという。
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 アーレは先代バリドの甥にあたる

アーレは非常に期待されていた。
まだ若かったし、能力も人並み以上だ。

だがアーレは公になった直後、ある失敗を犯している。
「あれはどこにやったかな……ない。ない。ない。どこにもない!」
そう、なんと彼は先祖伝来の聖遺物を紛失してしまったのだ。
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 平原の子アルニの時代から代々受け継いできた聖遺物が……
 なんということだ

きわめて少数の者だけがこの事実を知らされた。ビャルトラ家から聖人の加護が去ったことを大っぴらにはできないからだ。
アーレはこのことがあって、ひどく落ち込んでしまった。
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同じ頃、アーレは家令のキリルを失った。
税を集めているあいだに農民の暴動に巻き込まれたらしい。
いとこであり、狩猟仲間であり、友人でもあったキリルの死は、若いアーレの心をさらにさいなんだ。
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「神がいるならなぜこのようなことをお許しになるのか?」
 
アーレはすべてに対して冷笑的になってしまった。公の任務を怠けるようになり、さらに狩猟にのめりこむようになった。

アーレが公としてやる気をなくしたのには、もうひとつの理由がある。先々代アルフゲイルの失策でクールラント公領が2分割され、ナルヴァ家のリフランド公領が創設されたのは先に述べたとおりだ。
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 1280年のクールラント公領(緑)
 白枠はアーレの直轄領
 赤枠はナルヴァ家のリフランド公領
07
 ナルヴァ家のブズリ
 なかなかの名君だ

ビャルトラ家ではこのリフランド公位奪還を悲願としていた。「リフランド奪還を成し遂げなければ男ではない」とまで言われていたのである。それでアーレもその気になっていた。
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 クルゼメのアルフ
 アーレの尚書長


「お待ちください。リフランド奪還はあなたには不可能です」
「それはどういう意味だ、アルフ」
「言葉通りの意味でございます」

それを聞いてアーレは激怒した。
「もう一度言ってみよ、そなたの首をはねてくれる!」
「わたしの話をお聞きください。首をはねるのはそれからでも構わないでしょう」
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アーレがよくよくアルフの話を聞いてみれば、ルーシの法により諸侯同士の内戦が禁じられていることが発覚。先代バリドが何度もナルヴァ家に戦争をしかけようとしてできなかったわけがようやくわかった。

「評議会の一員となって大公を動かすか、あなたが大公になって法を変えない以上、どうにもなりませぬ」
「 事実上不可能ということじゃないか……くそっ」

継承による公位奪還も望める状況ではないし、このままではアーレは男になれない。くさるのも当然だった。
05
では、大公国の外はどうか?

かつて帝国のあったロマニアではタタールの支配がゆるみはじめていた。ギリシア人の君侯たちが反逆の狼煙をあげたのである。この君侯たちをつまみ喰いすることができるのでは?

だが、複数の間諜をロマニアに派遣してわかったことがあった。
彼らはせいぜい動員数2000か3000といった小領の君主なのに、なぜか戦争をするときには8000、9000という兵を持っている。
アーレは首をかしげる。計算が合わない。

計算が合わない理由は金だった。
ギリシア貴族たちは何千という金貨をためこんでおり、傭兵団を長期にわたって雇える能力があったのだ。無期限に傭兵を雇えることの強さはアーレにもわかった。これでは攻めるのを躊躇してしまう。動員数7000程度のビャルトラ家が返り討ちにあうのは確実だ。

内を攻めるのも、外へ攻めるのもうまくいかない。
八方ふさがりというわけだった。
10
 そのころロンバルド傭兵隊がタタール人から北アフリカを奪還
 うまくやる人はいるものだ……

04
「馬鹿者! よけいな企みごとをする暇があったら、領国のことにもっと気をくばれ!」

主の1284年、ルーシ大公モーゼス2世は宮廷にてアーレをきびしく叱責した。そう、何を考えたのか、アーレは自分を大公にと推す派閥を作っていたのだ。(ちなみに賛同者はひとりもいなかった)

アーレにはこの状況を打破する手段がそれくらいしか思いつかなかったのだ。だがこれは明確に大公に対する反逆行為である。モーゼス2世が叱責程度ですませてくれたのは逆にありがたいと思うべきだろう。
27
この事件があってから、アーレは公としての任務に励むようになり、怠け者ではなくなったと言われている。どんな花も、それが芽吹いた野で咲くことを求められているのだ。
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 能力値はここまで改善した

こうしてアーレも成熟し、ようやくひとかどの者といえるようになった。まだまだやるべきことがたくさんある。しかし……。
44
1293年の冬、アーレの愛犬が死んだ。
子供のころからよく狩りに連れていったお気に入りの犬だった。
アーレは深く悲しみ、そのショックで寝込んでしまった。
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そうしてまもなくアーレは死んだ。
まだ31歳という若さだった。
 
よき狩猟者だったが、実のあることは何もなさなかったアーレ。人々は彼を悼み、愛犬の墓のそばにアーレのための教会を建てた。