<前回までのあらすじ>
ペレヤスラヴリ公グレゲルの息子、ケティルとダンとはまるでカインとアベルのように仲が悪かった。そしてカインがアベルを殺したように、ケティルはダンを殺した。
 
21
夜半、板戸がきしむ音がした。
 
ケティルは目を覚まし、叫び声をあげた。
修道士たちが飛んでくる。
「どうなされました!」
「侵入者だ! そこの窓からーー」
修道士は板戸をあけ、外を見渡した。
外は茫漠たる荒野が広がっている。侵入者など影も形もない。
 
「ただの風です。しっかりなされませ、ケティル様」
「そうか……わたしはてっきり」
「どうぞお気を楽に。この修道院を訪れる者はありませぬ」
それを聞いてケティルはようやく安心したのか、ほっと息をついた。
「洗礼者ヨハネの指の加護で、なんとか今日まで生き延びてこられた。だが明日は、明後日はどうなるかわからぬ」  
25
 タンタルキャ公ケティル

弟ダンを暗殺したケティルは、自身もまた暗殺を恐れていた。タンタルキャを離れてケルソンの修道院に身を隠し、警戒と恐怖の日々を送った。
40
 ケティルは弟ダンを暗殺して公位を手に入れた 
34
 1408年、タンタルキャ公領
 ケティルは直轄領を南部4領に集中

これでは領国を巡回し治めることなどできやしない。
そこでケティルは直轄領を南部に集中し、弟のスヴェルケルにリフランドを与えることにしたのである。
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 ケティルの密偵長、酷薄のスヴェルケル
 タンタルキャ公位第1継承者

「リフランドのことはわたしにお任せ下さい、兄上」
「おまえは北部領主たちに対する抑えだ。しっかり役目を果たしてほしい」
04
 スターラヤ・ルーサ家のヒシング

しかしカレヴァン伯をはじめとする北部の領主たちはスヴェルケルに反発。彼らは評議会の権力強化を求めて請願してきた。もちろん断れば反乱に訴えるつもりだ。
40
 162%…… 
56
 老キャルタン
 40年3代にわたってビャルトラの家令をつとめた

「要求を聞き入れなさい。あなたが動かせる兵は6000に満たない。一方、彼らは9000の兵を持つ」

ヒシングたちと戦って勝つことは難しい。
ケティルはしぶしぶ彼らの要求を受け入れ、評議会はさらに権力を強めた。
24
ケティルもやられてばかりではない。
修道院に隠れたまま、密偵長スヴェルケルを使って有力派閥の解体をもくろんだ。スヴェルケルはよく期待に応え、説得と脅しをうまく使っていくつかの派閥を解体に導いた。
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「なんたる不覚……このわたしが殺されるというのか……」

しかし主の1410年2月、スヴェルケルは暗殺されてしまった!
忠実な弟であり、第一継承者であり、有能な密偵長であった弟の死はケティルを再び恐怖させた。いったい誰がこのようなことを?
21
 暗き影のハルステン

コロムナ伯ハルステンの関与がうわさされた。
彼は遠縁のビャルトラで、継承順や評議員の座をめぐってスヴェルケルと対立する立場にあった。

しかしケティルには何も打つ手がなかった。
できたことといえば、せいぜいハルステンの密偵長就任を防ぐことくらいだ。このような男を密偵長に据えれば自分の身が危ない。
09
 マジャル人ドモトル
 「わたしがビャルトラの家長に? 
  驚いたな、たしかに一族のうちで年長ではあるが……」

第1継承者のスヴェルケルが死んでしまったので、継承順にも変化が起きた。新後継者はテメシュ伯ドモトル。マジャル化したビャルトラ分家の、わずか1領しか持たない弱い伯だ。このような男が公になれば諸侯の思いのままにされるだろう。
07
 1410年のルーシとその周辺
 テメシュ領はカルパチア山脈のむこう
 まわりはマジャル人ばかりだ
46
ここでテメシュのビャルトラ家について解説が必要となる。
ビャルトラ家の本流は賢公ダグの妹セシリアからアルフリズに至る女系(赤字)だ。

この女系がアルフリズの代でサーレランドのフォルキ系と合流して現在のケティルにつながっている。

一方、ダグの次男から始まるトリグヴェ系はルーシ大公から賜ったハンガリーのテメシュ辺境を代々守ってきた。ドモトルはその6代目になるというわけだ。

もともとはケティルが自分をタンタルキャ公にするために提唱した年長者相続だが、弊害は大きい。自分の子供に公位を与えられないばかりか、今度のように遠く離れた弱小の親族に継承が移ることもあるのだ。

ケティルは10年間統治してまた選挙法継承に戻すつもりだったらしい。しかし彼の運命がそれを許さなかった。
10
主の1413年秋、イティルの大祭でのことだった。ルーシ大公ジョルトが催した大宴会にケティルと妃アデライダは招かれた。

あふれるほどの蜂蜜酒、大麦のエール、炙り肉や菓子が惜しげもなく供された。ひさびさに修道院から出てきたケティルは友人たちと語らい、大いに飲み、楽しんだ。

ケティルは気づくと見知らぬタタール人の盃を受けていた。彼はその盃を干し、アデライダもまた同じようにした。彼が給仕を呼び止めて新たな酒を持ってこさせようとしたときーー。

世界がひっくりかえった。
地面がせりあがってきて、ケティルの頰を強く打った。ケティルは痛みは感じなかったが、胸が早鐘のように鳴っているのを感じた。視界の片隅にアデライダが同じように倒れているのをとらえていた。立ち上がることはおろか、四肢を動かすことすらできなかった。毒をもられたのだ。

宴会場は大騒ぎになった。
あのタタール人の姿はすでになかった。
05
アデライダはあえなく死亡。
ケティルも重い病にかかり、床に臥した。

ずっと修道院に隠れていればよかったものを。
人を殺める者は、また人に殺められる。
こうしてケティルはみずからの運命を悟った。
42
家臣たちは緊急合議をおこない、ケティルが死ぬという前提で継承順を確認した。年長者継承に従えば、継承順は以下の通りとなる。

1:ドモトル
2:暗き影のハルステン
3:ケティルの子マグヌス
4:ダンの子グレゲル

なんとかあと4年生きのびれば、選挙法継承への法改正が間に合うのだが。そうすればケティルは実子のマグヌスに公位をわたすことができる。
57
 1414年、あえなく死亡

しかしケティルはなにもできずそのまま死んだ。
「我が子マグヌスを盛り立ててやってくれ……。暗き影のハルステンにはくれぐれも気をつけろ」
ケティルはドモトルにそう言い残したという。
40
こうしてテメシュ伯ドモトルがタンタルキャ公となり、コロムナの『暗き影』ハルステンが第一継承者となった。
 
06
すでに15世紀に入り、西欧はルネサンスの果実を味わっている。しかしここは東の果てのルーシ辺境。そしてビャルトラ家は文芸復興などとは無縁の泥臭い家督争いをはてしなく続けているのだった……。