<前回までのあらすじ>
ケティル自身が公になるために画策した年長者相続だったが、これがいけなかった。どこの馬の骨とも知れぬ親族が遠くからやってきてビャルトラの家督を継ぐことになる。ケティルは相続法を再改正しようとしたが、その前に身内に殺されてしまった。
はかなきドモトル
タンタルキャの人々は最初はとまどったが、すぐに慣れた。彼らの仕えるルーシ大公たちもまたマジャルだったので、ノルド語とマジャル語の両方を話せる者が多かったからである。
タンタルキャ公ドモトル
年長者相続で呼ばれた元テメシュ伯
マジャル人ドモトルは酒を好み、しきりに宴をひらいて臣下をねぎらった。ただ、残念なことに彼はあまり体が強くなく、その治世は短かった。
ドモトルは敵も作らず、よく領国を治めたといわれている。それには運も味方した。
先代ケティルが気をつけるようにと言い残していた『暗き影のハルステン』は33歳で若死にしていた。それでドモトルは反乱や暗殺におびえることなく、悠々とタンタルキャを統治することができた。
一方、ゼムガレの忠臣キャルタンは64歳で死んだ。
4代にわたってビャルトラ家を支えた名宰相の死を誰もが惜しんだ。
キャルタンの息子アルングリムはなかなかの武人のようだが……。
『暗き影のハルステン』の息子、フィリップが従士長に向いていたのでアルングリムには家令に回ってもらった。フィリップは父親とは違い、ビャルトラの当主に対しては終生忠実だった。
すべてうまくいっているように見えたが、すでにこのときドモトルの体には病魔が潜んでいた。
発端は1418年のルーシ大公主催の馬上槍試合だ。
このときドモトルはカレヴァン伯ビョルンに誘惑され、男と男の間の強い愛情に目覚めた。
ビョルンはヴァリャーグ傭兵の経験もある優れた武人だが
警戒すべきtraitを持っている
ビョルンとドモトルはわずかな機会を見つけては逢引し、共に踊った。二人の間の愛は強く、ひそやかに育った。
しかしドモトルの体に不調があらわれた。彼の体の節々は腫れ、皮膚には薔薇のような斑点が出た。やがてドモトルは床に臥し、起き上がれないようになった。『恋人たちの病』だ。
1424年、ドモトルは死んだ。
カレヴァン伯ビョルンはその墓を訪れ、黙して花を捧げたという。
家督は巡る
ドモトルが死んだので、先々代ケティルの息子マグヌスに家督が回ってきた。これも年長者相続の結果だ。
年長者相続はビャルトラ家の者でありさえすれば当主になれる可能性があるので、一族の間でも支持する者が多かった。
タンタルキャ公、公正のマグヌス
マグヌスは勇敢で公正を好んだが、戦場や宮廷にはあまり向かない性格だった。彼は領地経営に活躍の場所を見出した。マグヌスの治世のもと、タンタルキャは栄えた。
交易者として名を高める
ルーシ大公ジョルト2世に領地をねだるも言いくるめられる
宮廷は苦手だ……
臣下の不祥事もあった。
従士長、コロムナのフィリップが兵を使って領民から金をゆすりとっていたのだ。公正を愛するマグヌスは激怒し、フィリップを厳しくとがめた。
年長者相続でいくと次の代はフィリップになるのだが、マグヌスはこの事件を見て「フィリップは公の器ではない」と感じるようになった。
1434年、マグヌスは年長者相続から選挙法相続への法改正を行なった。これにより、次男のバリドを後継者とさだめた。コロムナのフィリップは思うところがあったようだが、先の事件があったので何も言わなかった。
ルネサンスの香りとともに
黒海に面したタンタルキャにはジェノヴァやヴェネツィアの船が入ってくる。これらの船はイタリアで花咲くルネサンスの香りを運んできた。
詩人として名を高めたり……
庭園を造ってみたり……
冠、笏、剣のレガリアを集めてみたり……
マグヌスは商人たちを暖かく迎え、かの地の流行をそのままこの黒海の片隅に移植した。そうしてこのルネサンスの移り香は、平原を越え、森を越えて、ルーシの各地へと広がっていったのである。
イタリア商人たちは言う。
「この広いルーシを旅していると、ときどきあなた方の同胞に出会う。かれらはみな遠い北の地から来たのか」
マグヌスはうなずいてこう答える。
「その通りだ。ノルドの民はみな、あの暗く冷たい北の地からやってきた。ルーシはマジャル人のものだが、飛び飛びにノルド人の入植地が存在する。これらの飛び地はビャルトラ家の歴史そのものなのだ」と。
さて、次男のバリドが成人した。
戦には少しうといようだが、まずまずの仕上がりだ。タンタルキャ公領をまかせるには十分といっていいだろう。
彼には第二の本拠地、ペレヤスラヴリを与えよう。
息子よ、よき統治を行うのだぞ。
マグヌス自身は大公の家令を命じられた。
広いルーシのすみずみを見て回る仕事は老骨にこたえるが、任せられた仕事はやりとげよう。
たゆまぬ学習の結果、マジャル語、ギリシャ語を話せるようになる
一時代の終わり
タンタルキャの城のすぐそばに原っぱがあって、よくマグヌスは廷臣の子供たちを連れて遊びにきた。古い塔の足元に石碑がいくつか並んでいて、もう彩色もかすれて読めない。それに彼の知る文字ではなかった。
「マグヌス様、これはなに?」
子供たちが口々に聞いてくるが、彼には答えられない。
「昔の人がつくったものだよ。その人たちはなにかの思いをこめてこの石碑を立てたのだ。でも、彼らの思いはもう私たちにはわからない」
「ふうん」
子供たちは興味を失い、「遊ぼう!」と言って向こうへいってしまった。
残されたマグヌスは石碑に手をかけ、死せる人々に思いを馳せた。もしかすると彼の先祖たちがこれを立てたのかもしれない。あるいは先祖たちの敵が。それを知るすべはどこにもない。
「マグヌス様! こっちへきて!」
子供たちがしつこく呼ぶので、マグヌスは石碑から離れ、原っぱのほうへ歩き出した。
黒海からの風が吹きすさび、枯れ草をゆらす。
すでに日は暮れようとしている。
領民の家の煙突からは夕餉の煙が上がっている。
彼の民は満足し、彼もまた満足だった。
主の1453年、1の月。
『ビャルトラのマグヌスは平和にその領国を治めた」と年代記には記されている。
すでに日は暮れようとしている。
領民の家の煙突からは夕餉の煙が上がっている。
彼の民は満足し、彼もまた満足だった。
主の1453年、1の月。
『ビャルトラのマグヌスは平和にその領国を治めた」と年代記には記されている。
これにてビャルトラ家600年のサガを終える
しかし彼らはこれからもこの世界で生きていくだろう
(終)
(終)
次回、おまけ
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