内戦を終わらせる
バクトリアの使者は夜に昼を継いで馬を走らせた。
宿駅ごとに馬を換え、砂漠を越え、アレクサンドレイア・マルギアナ、ヘカトンピュロス、エクバタナ、そしてセレウケイアへ。

このとき使者は16000スタディオンをわずか10日で走破したという。
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 セレウコス家のゴタルゼス
 セレウコス・ニカトルから数えて4代目

セレウケイアで使者を迎えたのはゴタルゼス王だった。バクトリアの尚書長プトレマイオスの手紙を読むと、ゴタルゼスはこう言った。

「大風にゆれる糸杉の樹を大地がしっかり支えるように、友邦が危機に瀕しているとき、援軍を出さない王がいるだろうか。よかろう、すぐに兵20000を派遣しよう」
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 前221年10月11日
 セレウコス朝の援軍で戦況が変わりはじめた

さらに尚書長プトレマイオスはバクトリア西部を侵していたピッスロイ人にも信書を送った。

ピッスロイ人はマルギアナの過半を占領していたものの、全域を掌握することができず手詰まりの状態にあった。陣営に病が流行りはじめたこともあり、彼らは和平に同意した。
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 ピッスロイ人と白紙和平
 残るは反乱軍だけだ
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 ソフュテス2世率いる瀕死の第1軍
 人的資源が回復しないため
 定数26000のところ7500しか充足していない

バクトリア軍の戦い方も変えた。
反乱軍主力と決戦して勝利しても、敵部隊にコホルスが残る限りは占領地から兵士が補充されているのでは? そこで反乱軍の占領地を逆占領してゆき、敵の補充戦力を削ぐことに力を注いだ。

主力27000を3個軍に分け、それに加えてなけなしの400タラントンを支払ってソグド人傭兵17000を編成する。とにかく反乱軍主力と当たらないようにして占領地を取り返していくのだ。
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こうしてセレウコス暦92年の初めには、反乱軍が支配する地域はソグディアナの一部にまで縮小した。そして4月、反乱は一応の終息をみたのである。
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「わたしはまだ納得していない!」

内戦は終わったものの、反乱を引き起こしたソフュテス2世の姉テオドテはまだその私兵23000を有したままだった。
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 重装歩兵9500を中核とするなかなか強力な軍だ

テオドテはカウカーソス山脈のかなたアラコシアに陣取り、ソフュテス2世に不満を持つ将軍や太守たちと連絡を取り続けていた。

「弟ソフュテスではなく、わたしこそがバクトリアの王位にふさわしい。どうかわたしを助けると思って再び兵を挙げてほしい」
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 またまた内戦の危機
 全軍の33%超が不忠な将軍(ここではテオドテ)に率いられているため

ソフュテス2世は心底うんざりしていた。
姉はどこまで自分を振り回せば気がすむのか? バクトリアにもう一度の内戦を戦う体力はない。であれば、取り得る方法は1つだ。

「600タラントンを支払って、彼女の軍団の古参兵たちを帰順せしめよ。姉とはもう戦いたくない。すべては金で解決だ」
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 金で解決した結果、テオドテに従うのはたった3個大隊となった

「裏切り者どもめ!」
テオドテは怒り狂ったが、どうしようもない。
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ソフュテス2世は笑みを浮かべてこう言った。
「姉の名において神々に牛を捧げよ。和解のために宴をひらけ。ソフュテス家の者は手に手を携えてやってゆかねばならないのだ」

この宴にテオドテが参加したかどうかは知られていない。たぶん参加しなかっただろう。その後テオドテは都に邸宅を与えられ、75歳まで長生きした。
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 かつては7つの交易路を誇ったバクトラの都
 いまはたった2つだけ

さて、内戦の傷痕は深かった。
半数の州がその忠誠を失い、税も交易収入もバクトラの都に届かなくなっていた。そのバクトラもいまは戦火に焼かれて住民の1/4を失ってしまった。
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 タクシラ州とアラコシア州に至っては1%台の忠誠度を記録
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 Aggressive Expansion値の減少が急務だ

忠誠を失った州には非ギリシア人が多いという特徴があった。今回の内戦だけではなく、先のマウリヤ朝戦役で国土を急激に拡大したことに対する異民族の不満が尾を引いていたのである。

ソフュテス2世は各州に自由を与えて不満を抑えるとともに、太守にはできるだけ現地の人間を任命した。またさまざまな施策を講じて諸民族の要求に答えた。
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 新都アレクサンドレイア・オクシアナ
 バクトラが占領されると自動的に遷都された

そして遷都も行われた。
オクソス河上流の王国第2の都市、アレクサンドレイア・オクシアナに宮廷を移したのである。ここは戦火からもっとも早く復興した都市のひとつで、その美しさから『月の姫君』と呼ばれた。
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また人口の多い町を選んで市場を整備し、それらを街道で結ぶ計画を立てた。幹線として北方のキュロポリスからマラカンダ、バクトラを経てカウカーソス山脈をカラクで越える。ここからインダス河谷まで山道をゆき、タキシラでマウリヤ朝の『大幹道』に接続する。
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 Civic Advancesが6を超えたので道路建設が可能に
 軍団を選び、build road(赤丸)を押す
 この状態で隣の都市へ移動させる(ユニットがスコップを持った絵になる)と建設開始

こうしてバクトリアはゆるやかに復興し、交易路はにぎわいはじめ、人々は少しずつ豊かになっていった。ソフュテス2世は74歳まで生き、長男のアマンタス2世が後を継いだ。
 
コッシオイ戦役
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 レウコネス家のアリストクレイア
 アマンタス2世の妃

「メガステネス、ペルシス戦線での食糧は足りていますか? 馬の飼料は? よろしい。燕麦の補給を切らさないように! それでは明日、セレウコス朝の使者と会います」

戦時中とあってアレクサンドレイア・オクシアナの王宮からはごっそりと男が姿を消していた。かわりに活発に動いているのが女たちだ。なかでもアリストクレイアは妃として王国を託され、その責務を十二分に果たしていた。

アリストクレイアはもともと武勇に秀で、父親にも「男子であったなら」と嘆かせたほどの女だ。後方の治安を守るのも補充兵を前線へ送るのも見事にやりとげて、夫の戦役をよく支えた。
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戦役というのはほかでもない。セレウコス暦127年にはじまったコッシオイ戦役のことで、コッシオイとパラエタケネ、それにアトロパテネの3国がセレウコス朝に戦をしかけてきた。当然、バクトリアもペルシスへ援軍を送ることが期待される。
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 セレウコス朝の王アンティオコス2世が救援を求めている
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だが気をつけなければいけない。
東方の雄マウリヤ朝の内戦はすでに終わり、強大な統一国家がインドに再出現していた。その軍の総数、24万。

本国の兵を引き抜きすぎて、突然の2正面作戦を強いられることになってはまずい。
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さらにもうひとつの心配事が北東にあった。
『月の民』の勃興と移住である。
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聞くところによるとセリカの北方にあったこの遊牧部族は、近年西方へ移動し、砂漠沿いのオアシス諸都市を掌握していた。さらに彼らはイマオン山を越えてバクトリア領にも移住してきていた。

バクトリアは国境を閉鎖しこれを武力でせきとめることもできたが、あえての定住を許した。兵を使うと辺境が動揺するのがわかっていたからである。
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『月の民』の移住は再三、再四に及び、すでにフェルガナ地方の部族民の1/3が『月の民』となってしまっていた。いまのところは何事も起きてはいないが、不穏な情勢である。

こういったわけで本国にある程度の軍を置いて睨みをきかせつつ、遠征軍を編成しなければいけない。悩ましいところだ。
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「全軍を率いてさっさと戦役を終わらせるほうがいいのではないか」
実のところアマンタス2世はそう思っていたが、妃にいさめられた。
 
「戦役がいつまで続くか知れたものではありません。後方に軍を残しておくのが筋というものです」
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結局アマンタス2世は全軍の2/3にあたる70000をペルシスに送ることを決め、みずから軍を率いた。出立は華々しくおこなわれた。人々は軍勢を見るために詰めかけ、都の道々には花がまかれたという。

さて戦役は20余年におよび、そのあいだには輝かしい勝利も、悲惨な敗北もあった。
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 前163年3月16日
 バビロンの北方シャフラバンの決戦で
 アマンタス2世は決定的な勝利をおさめた

王妃アリストクレイアは戦役のあいだずっとバクトリアを統治した。特に力を入れたのは交易で、セリカやインド、バビロンへつづく街道はよく整備され、隊商宿がさかんに建設された。そしてこの時代ついに交易収入が税収を越えている。
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 積極的に国外から輸入を行い、資源を国内に蓄積
 同盟国などからの輸出要請を待ち、
 結果としてきわめて多数の輸出ボーナスを得る
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 月額80タラントンの交易収入
 軍維持費52タラントンをおぎなって余りある
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セレウコス暦151年にコッシオイ戦役は終わり、アンティオコス2世は中部の国土を大きく回復した。首都セレウケイアでは盛大な凱旋式が催され、それにはアマンタス2世も参加した。

バクトリアは寸土も得ることのない戦役だったが、兄弟国が安定するのは何よりも望ましいことだ。なにより両国は東方にマウリヤ朝という巨大な敵国を抱えているのだから……。
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セレウコス暦159年、病の床にあったアマンタス2世は安らかに息を引き取り、息子のフィロクセノスがバクトリア王に即位した。王妃アリストクレイアは息子を強固に支持し、目立った継承の危機を起こさせなかった。

バクトリアは順風満帆。
新しい王のもとでなんでもできるという気概に満ちていた。


次回、バクトリアの末裔たち 4