「プロパガンダポスター。2200年。CCCPの文字が描かれた地球の周りを、ロケットが幾重にも軌道をなして飛翔している。男性の宇宙飛行士が腕を伸ばして先導し、研究者、女性宇宙飛行士、主婦、羊飼いの男、工場労働者が誇らしげに歩んでゆく。画像のほとんどが赤と黄色からなる力強い構成だ

「すでに革命から283年になる。
この3世紀のあいだに私たちは世界を革命し、5大陸に赤旗が翻った。党と人民は手をたずさえて共に歩んできた。

私たちは強くなった。
そう、星の海へ漕ぎ出すことができるほどに。
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 2200年、ソビエト連邦

私たちの星々への道は平坦ではなく、成功も、不幸もあった。
しかしそんな茨の道の上には、まばゆい勝利が輝いていた。
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コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー。
最初の宇宙工学者、最初のロケット研究者、早すぎた幻視者。
あなたが私たちを星々へと導いてくれた。

「画像。20世紀の中頃。今まさにアームが外され、宇宙へ飛翔せんとするソユーズロケット。画像は荒く、記録映像の断片と思われる」

悲惨な事故もあった。国土を汚染したこともあった。  
しかしソユーズはつねに打ち上げられた。それがあなたの望みであり、ソ連邦人民の希望だったからだ。

「英雄と冒険家が、最初の航空路線をつくるだろう。地球から月、地球から火星、さらには、モスクワから月、カルーガから火星へと」

「画像。20世紀。カラー。1人の宇宙飛行士が、CCCPと書かれたヘルメットの中から決然たる表情でこちらを見つめている。ヘルメットは光線の反射を受けて鈍く光っている」

あなたの言葉を私たちはひとつずつ実現した。

最初の衛星、最初の飛行。
ユーリ・ガガーリンの微笑み。テレシコワ。レオーノフ。ポポビッチ。チトフ。バイコヌール砂漠からのシャトルの離昇。
 
我々のコスモノートたちは月に赤旗を立て、火星でジャガイモを育て、エウロパの氷の上でダンスした。

しかし太陽系は私たちには小さすぎた。私たちはこの小さな揺り籠を飛び出すことのできる速度を求めていた。

「画像。2185年。記録映像の断片。画質は荒い。散らかされた机の上で、研究者とおぼしき男性の手指が図面のある一点を指差している。なんらかの重要な達成があったらしい」

2185年、技術的突破点が訪れた。
 
ソローキン航法。
虚空を切り裂き、光よりも速く飛び、星々のあいだの闇を越える。ついに恒星間宇宙の門がひらかれたのだ。
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私たちは宇宙港を建設し、そこで最初のソローキン航法船「プログレス」を進水させた。進水式で、興奮した隣の軍人が私の手を握って言った。

「画像。2200年。画質は荒い。勲章をたくさんつけた軍人たちが整列し、なにかに向かって手を振っている。 彼らの表情はきわめて明るく、彼らがその場にいることを心の底から誇りに思っていることがわかる」
 
「あれに乗れるやつは幸運だ! わしがあと20年若かったらなあ!」

私は黙って微笑んだ。
なぜなら私は、主任科学者としてプログレス号に乗り込み、諸世界を探索するようソ連邦科学アカデミーから命じられていたからだ」
名称未設定
 セルジオ・エルナンデス博士の日記より。
 彼はブラジル自治ソビエト社会主義共和国出身の科学者で、生態系科学を専門とした。

2200年、地球
02
 リンゴは食料、ルビーは資源、雷はエネルギーを表す
 首都の上下左右は増産効果がある
 2つのPOPが奴隷労働に従事している(赤印)
 トラ柄は利用不可マス

2200年、地球は危機に瀕していた。
150年前の全面核戦争(ソ連邦が勝利した)で北半球のほとんどが汚染され、多くの難民が発生した。

汚染地域は実に地表の40%を占めた。そして残り60%に40億のソビエト人民がひしめきあって暮らしていた。いまや地球で生産される食料はきわめて限られている。このまま人口増加が続けば大変なことになる。

核戦争後、党の実権を掌握したソ連邦科学アカデミーは社会主義の勝利のために必要なことをした。全人口の25%にあたる10億人を拘束し、労働収容所に送り込んで食料の増産を図ったのだ。

だが抜本的な解決にはほど遠い。
党とアカデミーを主宰するマカロフ書記長は宇宙移民を選択肢に入れはじめた。
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 天王星にヘリウム3採掘ステーションを作る建設船エネルギヤ

しかし、と人は言うだろう。
資源とエネルギーは外惑星で手に入るかもしれない。しかし太陽系内に可住惑星がないことはピオネールの子供でも知っている。いったいどこへ移民するというのだ?
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系外だ。
星々のあいだの闇を越えて、箱舟を飛ばすのだ。

太陽系は銀河の第2象限にある。
ここから一番近い星系はバーナード星系だが、残念ながら可住惑星を持たない。
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 赤い円は国家領域(施設の建設が可能)

次に近いのはアルファケンタウリだ。ここは視線速度法探査装置によってすでに調査され、有望な地球型岩石惑星がいくつかあることが判明していた。移民するならここだ。

いまや人類にはソローキン航法がある。恒星間探査船をアルファケンタウリに送り、もし可住惑星があれば移民船を送ることは決して夢物語ではない。

そうしてアルファケンタウリ計画が動き出した。いったんこうなれば、党がそれを指示したのだから、アルファケンタウリ計画は絶対に実現されねばならなかった。

「プロパガンダポスター。2200年。大きな赤い手が宇宙に差し伸べられ、その手の先から流線型の赤い宇宙船が発進している。船には槌と鎌のマーク、そしてCCCPの文字が誇らしげに書き込まれている」 

「ソビエト人民よ、誇るがいい
 君たちは星々への道をひらいた」

計画の実現を約束するポスターが町中に貼られ、工場ではノルマが上乗せされた。ラジオやニュース映画にマカロフ書記長が出てくるたびに、市民たちは宇宙移民についてのスローガンを嫌というほど聞かされることになった。

生物科学研究所
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当時、ソ連邦科学アカデミーでは3つの研究機関が主導権を握っていた。レベジェフ物理研究所、生物科学研究所、コロリョフ設計局である。

このうちレベジェフ物理研究所は発電効率化を、コロリョフ設計局は新式のイオンスラスターを研究していた。しかし生物科学研究所に関しては、このアルファケンタウリ計画について激しい論争が起きた。
名称未設定 のコピー
 移民船建造(黄)orプロパガンダ研究(赤)
 influenceは国家領域拡張に必須なのでこれはかなり悩んだ
 Science Directorateなので技術選択肢が1つ多い

アルファケンタウリ計画はジャナ・クァデリ博士を中心に進められていたのだが、これにガレンカ・オストロフスカヤ博士が意義を唱えた。彼女は「ソ連邦の国威を維持するためのプロパガンダ研究を優先すべき」と主張したのだ。

党内にもオストロフスカヤ博士に賛同する者は多かった。なんといっても、ソビエトがソビエトでいられるのはプロパガンダによって国内を引き締めているからなのだ。

セルジオ・エルナンデス博士は日記にこう書いている。
「議論は白熱したが、アカデミーにおける公開論争でクァデリ博士が勝利を収めた。私の望みどおりに。アルファケンタウリ計画は遅滞なく実行されるだろう。
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そしてオストロフスカヤ博士は左遷の身となった。彼女の配属先を聞いて私は笑い出してしまった。なんと彼女は恒星間探査船プログレス2号の主任研究員に任命されたのだ!

彼女は政治学と宣伝の専門家だが、宇宙の深淵でいったい何を研究するというのだろう……」

星々のあいだを越えて
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ソ連邦科学アカデミーが総力を結集して作り上げた、最初のソローキン航法船プログレス号は太陽系を発進した。ついに人類未踏の地へ一歩を踏み出すのだ。

「太陽から見て11時方向へ、私たちは船出した」とセルジオ・エルナンデス博士は日記に書いている。

「ソローキン航法での亜空間通過はきわめて寂しいものだ……。そこには生命も、光も、電波さえない。空の空、ただ空虚だ。

私たちは海のうねりのようなめまいと絶え間ない振動にさらされ、暗闇の中でほとんど神秘的な感情すら覚えた」
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「私たちはついに深淵を越えた。ここバーナード星系は未踏の地であり、人類圏からもっとも遠い場所なのだ。私たちは興奮した。太陽ではない、見たことのない奇妙な赤い星がここでは『太陽』なのだ。

しかし、予備調査の結果どおり、ここに可住惑星はなかった。私たちはここをクラースナヤ・ズヴェズダー(赤い星)と名付け、そのままアルファケンタウリへの進路をとった」
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 アルファケンタウリ
 緑の地球マークは可住惑星を示す

「速いーーあまりにも速すぎる! たった数ヶ月で私たちは次の星系へたどりついた。在来航法だと数万年はかかっていただろう。恒星間時代のスピードは頭では理解しているものの、体の理解が追いついてこない。

ここが目的地、アルファケンタウリだ。
人類が幾度となく見上げ、植民を夢見てきた星系。そしてここには可住惑星があった!」
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 アルファケンタウリ第三惑星

「青と緑の美しい星。地球に似た星がほかにもあったのだ。科学的予測では予言されていたことだが、実物を前にして私たちは喜びに打ち震えた。必死でデータを収集し、その合間にただただ星に見とれた。

この惑星には呼吸可能な大気と豊かな生物相があり、また資源も豊富だ。植民船を送るならここしかない。

探査は成功したが、欲が出てきた。
これほどまでに恒星間航行が簡単にできるのなら、もうひとつくらいは可住惑星を見つけることができるかもしれない。

私たちは進路を9時方向に切り替え、探査を続けることにした」
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 プログレス号、9時方向に転針
 
「3つめの星系では大変な目にあった。ここには探査船の何十倍もある巨大な結晶のようなものが住んでいて、これらがプログレス号に異常接近してきたのだ。

これが精巧な機械なのか、あるいは自律的な生物であるのかはわからない。もし生物であるなら、宇宙はかくも広大で不思議に満ちているということになる」
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「もっと接近して調査したかったが、それは難しかった。彼らはいわば『敵意』を持っていた。下手に接近してプログレス号を失うわけにはいかない。
 
私たちはこの巨大結晶を『シャンデリア』と呼ぶことにした。4つ目の星系にもシャンデリアがいた。このあたりはまるでシャンデリアの巣であるかのようだ……」

「2204年10月、6つ目の星系に達した。アカデミーのコードネームリストに従ってブリンニスと名付けられたこの星系で、私たちはついに知的生物と遭遇した!
 名称未設定5
彼らは直立したムカデのような形態をしており、比較的高度な文明を築いている。なんと初期の核技術さえ保有しているのだ。

昆虫類がこの寒冷な惑星で生き延びるために知性と技術を発展させたのだろうか……。この報告を持って帰ったらアカデミーはひっくりかえったような騒ぎになるだろう。
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通信の解析の結果彼らは自分たちの文明を「ヴン=オコン」と称しており、彼らの住むブリンニスIIを「ディオナのダイヤモンド」と呼んでいることがわかった。

また、ひとつ外側の軌道を回っているブリンニスIIIは一見ただの不毛な惑星だが、調査の結果「核の冬」を経験していることが判明した。

かつてブリンニスIIIには文明が栄え、彼らが核戦争で自壊したあとにブリンニスIIへ移り住んだのがヴン=オコンなのかもしれない。真相はわからない。むやみなコンタクトは控え、以後の研究に任せたいと思う」
03
「7つ目の星系へと向かう途中、私たちはまた奇妙なものと遭遇した。

それは亜空間を航行する巨大なタコのようなもので、こちらはシャンデリアと違ってあきらかに生物であるように見える。

私たちはこれを『宇宙タコ』と命名し観察を続けた。しかし、やはり攻撃性の高い挙動が見られたので危険であると判断し、以後近づかないことにした。

私たちが営々と文明を築いていた、そのほんの少し外側に、こんなにもたくさんの不思議な生き物が住んでいたのだ。本当に宇宙は生命に満ち溢れていた……」
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「7つ目の星系、メディア。ここで私たちは2つもの可住惑星を発見した。

これまでの星系で一番資源が豊富なので、ここを移民船の最初の目的地にすべきだという声も上がった。しかしそれを決めるのは私たちではない」
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「またメディアIVには大洋と沿海域を中心に、有毒性の巨大藻が繁茂する地域が多い。実際に植民可能な土地は見た目ほど多くはない。

私たちは探索の目的を十分に果たしたと判断し、地球へ帰還することにした。アカデミーのお偉方がどんな顔で私の報告を聞くか、それが今から楽しみだ!」

こうしてセルジオ・エルナンデス博士とプログレス号は輝かしい処女航海を終え、太陽系へと帰還した。
名称未設定 のコピー 2
 プログレス号の航路はのちに『シャンデリアの巣』と呼ばれた
 赤い[!]は敵対的宇宙生物がいて探査できなかった星系

しかしプログレス号が地球に帰還してみると、ソ連邦科学アカデミーは彼の報告を聞くまでもなく大騒ぎになっていた。

というのも、ガレンカ・オストロフスカヤ博士率いるプログレス2号が先にとんでもない報告を地球に持ち帰っていたからである。